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[2018.02.01]
 「日本書紀」によると雄略天皇は神武天皇から数えて第22代目…。たいへん武勇にすぐれ、外交にも内政にも力を入れた天皇だったという…。この天皇の御代に”スガル”という名の家臣がいた。天皇のそば近くで侍り、いいつけをすぐに実行する忠実な元気者だったという…。 


 この頃、日本では養蚕が盛んになりつつあった。絹糸は、輸出品として高い値段で売れたからで…治世の6年目、西暦61年の事、天皇は宮中でも妃たちにカイコを養わせようと思い立ち、スガルを召し出して「国内のコを集めてこい」と命じた。この頃にはカイコの事はたんに「コ」と呼ばれ、後にコを飼う=飼われているコ=カイコと呼ばれるようになったようで…。 
 さてスガルは天皇からコと言われて、子の事だと思い込んでしまった。おそらくは宮中に仕える稚児を養成するのだと考えたんでしょうね…。国内の家々にふれまわって、見目かたちのよい幼子を集めて来た。意気揚々と子供たちを引き連れて戻って来たスガルを見て、天皇はおもわず大笑いしたという…。ようやく勘違いに気がついて恐縮したり焦ったりのスガルに天皇はこう言った…。 
 
 「その子たちは、お前が養ってやるがよい、お前に少子部連の姓を授けよう」スガルは、幼子たちを宮殿の垣根のそばで育てる事にした。今でいう保育園のようなものですよね?以上の話は「日本書紀」等に書かれていますが、その後、養われた子供たちがどうなったか?までは書かれていない…。 
 
 このスガル、もう一つのエピソードがある。雄略天皇がある日、妃と同衾しておられるところに、スガルが知らずに参上してしまった。 
 
 その時ちょうど雷が鳴ったので、天皇がテレ隠しにかスガルに「雷を捕まえられるか?」と聞いたところ「やってみましょう!」と言って即座に飛び出して行った。赤いかつらを額につけ、赤い旗を立てて雷を追いかけ、「雷の神よ、天皇のお召しであるぞ!」と叫びつつ馬を走らせた。 
 すると豊浦寺と飯岡の間に雷が落ちて来たので、捕まえて天皇の前に連れていった。天皇が面白そうに見ていると、雷が急に稲光を出して暴れたので、天皇は恐れてスガルに雷を放させたという…。雷を捕まえたところは雷丘と名付けられ、奈良の飛鳥に今でもその場所があるらしい…。 
 
 スガルは、生涯を天皇のお側で、養蚕の指導等をして仕えたようです。彼の死後、葬られた彼の墓の上に雷が落ちてはさまるという事件が起きた。人々は、墓標に「生前も、また死んでからも雷を捕まえたスガルの墓」と刻んで語り伝えたという…。 
[2018.01.15]
 正月に餅飾りますよね?2,3段に重ねられた丸い餅の上に、みかんが載っている様子は、今でも多くの家庭で見られます。この鏡餅は霊(歳神様)が降臨するためのもの、いわば座布団みたな物で、新年、それぞれの家にやって来た先祖の魂は、鏡餅に宿り、一族を見守るとされている…。 
[2018.01.01]
 明けましておめでとうございます。本年もむしゃなび及び、占いスペース タリズマンをよろしくお願い致します。新年一発目に、このコラムって、どうよ?とは思いますけど、ゲームや某コーヒーショップのエンブレムで有名なセイレーン…。元々は、ギリシャ神話に登場するモンスターで、下半身は鳥の姿で描かれるセイレーンですが、伝承が伝えられるうちに上半身が人間で、下半身が二股の魚の姿が一般的になった…。 
[2017.12.15]
 「旧約聖書」の中の「創世記」に見られるのが、理想郷「エデンの園」の話…。それによると、エデンの園は東方にあって、人類の祖であるアダムとイブは園を管理するために、神様によって置かれたという…。2人はこの地で神様に守られ、人間としての”欲望”を持つ事なく暮らしていた…。 
[2017.12.01]
 1923年(大正12)、関東大震災で損傷した皇居から、16体の人骨が発見され、当時は大ニュースになったらしい…。遺体は手を組み合わせたポーズで、しかもその頭部には穴の開いた古銭が乗せられていたという…。皇居が江戸城として建設された16世紀当時の生贄、人柱と見られ、歴史雑誌「中央史壇」の中で生物学者であり民族学者としても高名な南方熊楠が論文を寄せた…。 
[2017.11.15]
 日本で初めて、教会式、キリスト教式の結婚式が行われたのは、1873年(明治6)の事で、近代化のために外国の文化と技術を取り入れようと、明治政府は多数の外国人教師を招いた…。その一人が東京・神田淡路町の共立学校(現在の開成中学校・高等学校)で教鞭を執っていたイギリス人、フリール氏で、彼は、日本人の氏族の娘である静と結婚。催されたのが日本で初めてのキリスト教式結婚式だったらしい…。 
[2017.11.01]
 季節的には少し早いでしょうけど、神社に行って絵馬を奉納する受験生は今でもいるんでしょうね…。実は本来ならば、神様の乗る本物の馬かまたは造馬を奉納するのが筋なんですが、その代わりとして祈願あるいは報謝のために馬の絵を描いて、社寺に奉納したのが絵馬ですよね?室町時代の終わり頃からは大きな偏額形式の絵馬も現れますが、一般庶民は小絵馬と言われるものがほとんどで…。 
[2017.10.15]
 韓国では、人が死ぬと、閻魔の使者である”チョスンサジャ”が現れると言われている…。チョスンサジャは、黒っぽい服を着て伝統的な冠をかぶった男性のようで、3人でやって来るとされている…。日本でも、「あの世からお迎えが来る」という言い方をしますが、その使者の具体的な姿は統一されていませんが、韓国の方たちはチョスンサジャのイメージを共通で持っていて、葬儀の際などに、チョスンサジャにご飯、おかず、お金、わらじ等を供える風習がある…。 
[2017.10.01]
 土地には特別なエネルギーがあるらしい…。風水はその土地のエネルギーの流れを知り、より良いエネルギーを得るための知識ですよね?いわゆる方位や方角の善し悪しというのも、この風水の思想が背景にある訳で…。風水では、東西南北それぞれの方角に青龍、白虎、朱雀、玄武という4柱の神がいて、中央の土地(黄龍)を守護すると考えられている。だから都は、この四神に護られた土地に建設されるのが理想とされる。この時に重要なのは、土地全体を活性化させるためのエネルギー、気の流れを読む事でして…。 
[2017.09.15]
 亡くなった人に対して、花を手向けるのは何故でしょうか?原始時代からすでに、遺体や墓の傍らに花を供えていたらしく、「日本書紀」にも、日本神話に登場する女神イザナミの死に際して、献花する様子が描写されている…。死者へのせめてもの供養、慰みの意味が大きかったのではないでしょうかね…? 
PROFILE
タリズマン・マスター
タリズマン・マスター
1995年から、この伊達市に、占いスペースを開き、運命アドバイザーとして占いをおこなっています。  
札幌、苫小牧など、遠方よりお越しになる方も、多く占わせていただいています。  
 
占いに使うアイテムは、タロットカード、占星術、など、多岐にわたりますが、アイテムをガイドとして使いながら、霊感によって、その人の本質を霊視します。  
この仕事についたのは、運命だと思っています。 
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