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[2019.05.01]
■地利石
 前回も聖徳太子がらみのお話でしたけど…兵庫県揖保郡太子町の斑鳩寺に”聖徳太子が作った”として伝わる「地利石」というのがある…。斑鳩寺は推古天皇14(606)年に聖徳太子によって開基されたという天台宗の古刹なんですけど…。 


 仁王門をくぐると講堂、聖徳院、三重塔と法隆寺によく似た伽藍の配置になっていて、境内には宝物殿もあり、木造日光菩薩立像や木像月光菩薩立像等、国指定の重要文化財が並んでいるのだけど、その傍らにソフトボールくらいの大きさの「地利石」がある…。 
 このオーパーツが不思議なのは、どう見ても地球儀にしか見えない点でして、陸地は凸面、海を凹面に見立てると、日本はおろか、ユーラシア大陸、アフリカ大陸、南北アメリカ大陸、南極大陸までもが確認出来る…。南北アメリカ大陸がコロンブスによって発見されたのは1492年、南極大陸が発見されたのは1820年のことですから、太子がどうしてこの2つの大陸の存在を知る事が出来たんでしょうかね…? 
 
 また、さらによく見ると、ちょうど太平洋らしき中央に巴形の陸地がある…これは今から約12000年前に海に沈んだムー大陸ではないか?と言われている。日本史上に多くの伝説を残す聖徳太子ですから、何らかの方法で超古代の地形を知る事が出来たんでしょうかね…? 
 もちろん、否定的な声も多いんですが、漆喰と海藻糊で作られた地利石の素材が、戦国時代以降に日本で確立した技術だとして、太子由来のものではない!ともされている…。1713年、江戸中期に出版された「和漢三才図会」に掲載されている地図「山海興地全図」に似ている事から、江戸以降に作られたものという説もある。たださ、その頃は、「ムー大陸」の概念すらない訳で…。この地球儀、いつ誰がどこから持ち込んだ物なんでしょうね…? 
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PROFILE
タリズマン・マスター
タリズマン・マスター
1995年から、この伊達市に、占いスペースを開き、運命アドバイザーとして占いをおこなっています。  
札幌、苫小牧など、遠方よりお越しになる方も、多く占わせていただいています。  
 
占いに使うアイテムは、タロットカード、占星術、など、多岐にわたりますが、アイテムをガイドとして使いながら、霊感によって、その人の本質を霊視します。  
この仕事についたのは、運命だと思っています。 
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