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[2019.01.15]
■箱館から函館へ
 北海道の中でもある意味特別な観光地である函館!函館山からの夜景や湯の川温泉、洋館や教会、修道院やら見どころ満載ですもんね!「函館」が元々は「箱館」であった事を普段はなかなか思いだしたりはしないのではないでしょうか…? 


 箱館は、古くはアイヌ語で、「湾の端」を意味する「ウスケシ」もしくは「ウショロケシ」と呼ばれていて、漢字では「宇須岸」「臼岸」等と記されている。この「ウスケシ」が「箱館」へと変化した理由については諸説あるらしいですが、いずれも、15世紀以降、渡島半島に渡った和人たちが沿岸の要地に建てた12の館に端を発するものだそうで…。 
 一つ目は、この館を建てる際に、籠と箱が土中から出て来た事に由来して、出土した「箱」と建てた「館」で「箱館」としたというもの…。 
 
 もう一つの説は、アイヌの人々が、この館を「ハク・チヤシ(小さな館)」と呼んだその”音”から「ハク」に「箱」の字を当てて、その”意味”から「チヤシ」に「館」という字を当てたというもの…。 
 
 三つ目は、この「館」が、遠くから見ると「箱」の形に見えたためにというものもある…。現在ではこの三つ目の説が通説とされているようですが、箱館の語源となったこの館群は、1512(永正9)年に姿を消しているようで…。 
 「箱館」が「函館」と改められたのは、1869(明治2)年の事で、この年の5月に箱館戦争が終結して、6月に版籍奉還が実施されて、8月には蝦夷地が「北海道」となる。この翌月に「函館」となっている。改称までの間、「函館」と「箱館」は混用されていたのが記録に残っていて、実際には改称というより、混用されていたのを統一した!というのが実情のようなのさ…。「函」で統一した理由としては「函」のほうが格好良かったから!という説があるらしい…(オイオイ)。「雑学北海道地名の旅」という書物では、「江戸末期から明治にかけて、漢字を武士の素養として来た開拓使官吏が、箱より函のほうが”漢字らしく”威厳がありそうだと思ったから…と中国の交通の要衝・函谷関を例に挙げて説明している…。「箱」から「函」への改称は、もしかしたら、旧幕府軍を箱館戦争で破った明治政府の北海道開拓事業に対する意気込みの反映だったのかもね? 
 
  
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タリズマン・マスター
タリズマン・マスター
1995年から、この伊達市に、占いスペースを開き、運命アドバイザーとして占いをおこなっています。  
札幌、苫小牧など、遠方よりお越しになる方も、多く占わせていただいています。  
 
占いに使うアイテムは、タロットカード、占星術、など、多岐にわたりますが、アイテムをガイドとして使いながら、霊感によって、その人の本質を霊視します。  
この仕事についたのは、運命だと思っています。 
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