■ナスカの地上絵
南米ペルーのナスカ平原には、皆さんもよくご存知のように、およそ500平方キロという広大な区域に描かれている巨大な図形がある…。この面積は東京23区の広さに匹敵するらしいのだが、そこに描かれているのは太陽、トカゲ、サル、クモ、ヘビ、人間の顔等で、その数は800個にもおよぶんだとさ…。どの絵も一筆書きで描いた形であり、一番小さいものでも30メートル、最大のものでは230メートルにもなる…。
この図形が描かれたのは、今から1500~2000年くらい前の事とされているが、1938年に、たまたま灌漑工事のためにナスカの上空を飛んだ民間パイロットが発見するまで、1000年以上の長い間、その存在に気付く人がいなかった。古代マヤの神殿のように、時の流れで密林地帯の中に隠されてしまったものでもなければ、天変地異によって突然海底に沈んだ訳でもないのに、誰も気が付かなかったようなのね…。
もちろん、その発見の日まで、誰もそこを通らなかった訳でもないし。何もない所に描かれていたそれらの図形に誰も気が付かなかったには理由があって、それが”あまりにも巨大”だったからに他ならない。
「ナスカの地上絵」は、その場所に立っていても当然何も見える訳がなく、その地点から1000メートル、2000メートルと上昇して、ようやく「あ、クモだ」「トカゲだ」と解る代物ですもんね…。こんな途方もないものが、何故描かれたのだろうか…?
1960年代のエリック・F・デニケンという人が発表した説によると「異星人がUFOの着陸地点として造った…」という説があまりにもナスカを有名にし過ぎたんだけど、私個人的には少々ナンセンスにも思うんだけど、皆さんはどう思いますかね…?
もう少し地に足が着いた説では、古代にこの地にナスカ文明を築いた民族は、トウモロコシ畑に水を通す技術を持っており、その溝の掘り方で、これらの絵を描いているらしく、これを描いたのは”天文観測”のためで、彼らはまず岩に2メートルほどの下絵を描き、それを測量技法で拡大して完成させたのではないか?と言われている。だとすれば、かなり高度な測量技術を彼らが持っていた!という事になるが、何のための天体観測?というと、冬至や夏至を知り、正しい季節を把握して、農作業の調整をしたのでは?と言われている。でもさ!描いた自分たちでさえ、完成した作品を見る事が出来ないものを、わざわざ何故、造る必要があったのか?疑問も残りますけどね…。

もう1説には、古代からナスカでは高度な織物技術があり、それを土台にして”気球”を作り地上絵を観察した!という説もあるけど、その気球大丈夫なんすかね?私なら怖くてその気球乗れませんけどね…。まぁ、どうにしてもたとえ、空からしか絵が把握出来なくてもこれらの絵や線の役割は地上で用いる事を前提にしている事が多くの説の出発点になっているのも間違いない…。
地上絵と言えば、ナスカが有名過ぎるけど、世界各国にはシンプルな線や絵はたくさんあるみたいで、リマの北方やペルー国内には小さな地上絵は随所に見られるし、パナマの北にも、カリフォルニア南部の砂漠地帯にも人物や動物の地上絵がかなりの数ある…。特にイギリスのブリテン島の南部には白亜質の地面を馬の形に浮き上がらせた白馬の絵があって、第二次世界大戦中、イギリス本土を空爆するドイツ空軍のコース目標にもなっていたらしい…。
時代の違いはあるとは思うんだけどね…。ただ、最近になって、ナスカに全長50キロに及ぶ矢印の形の図形が新たに発見されたんだけど、これを発見したのが、な、なんと地球観測衛星”ランドサット”が高度900キロ!からの撮影によって明らかにしたものなのさ!
いよいよもって、元々こんな絵を当時の人間が描ける訳なく、宇宙から来た異星人が描いたか、古代ナスカ人が、神=異星人にお供えする感覚で描いたのか?って事も無きにしも非ずなのかも知れませんね…?だって発見したのが、地球観測衛星ですもん…。