■正月
明けましておめでとうございます。 皆さんにとって、輝ける2007年になることを、心から祈っておりますよ。
それと、今年もむしゃなび及びこのコラム・タリズマンの事、お引き立ての事よろしくお願い申し上げます。
さて、正月ですね…。子供の頃は年末・年始あれだけ楽しかったのに、この頃はお年玉もらえる訳でもなく、休みがたくさんある訳でもなく、「あ~正月 か…」くらいの感情しか湧いて来ない自分に年感じちゃいますわ…。
日本の正月は、明治5年までは旧暦だった。もちろん旧暦の正月はその後もしばらくは遣っていたんだけど、官公庁や学校が太陽暦になった事で、太陽暦の正 月が急速に人々の生活に浸透していった経緯がある。昭和30年代の中頃までは、雪深い農山村では旧正月を遣っていた地域もあるが、日本の正月を考えると旧 正月の視点からでないと、その本質は見えて来ない。旧正月は”立春”が正月だった訳で、今でも年賀状に”迎春””新春””賀春”などとタイトルをうつのは その名残であって、まだ”寒の入り”にもなっていないのに”春”な訳ないですよね…。
正月にはオセチ(お節)と雑煮がつきものだけど、オセチは本来、年越し膳の事を言う…。節の食べ物を年神様に供え、家族揃って神と共食する事らしい。北 海道では年越しと言って、12月31日にオセチをとる家庭も少なくないが、ある意味本来の姿が残っている土地なのかも知れないですね。そのオセチ料理の中 の田作り(ゴマメ)はその名のように、春に田を打つとき神へ供えた魚(カタクチイワシ)を、年神様にも供えた事から始まったようだし、サトイモなどがオセ チに含まれているのは、稲作以前の古い食習慣の伝統から来ているともいわれている。
ちなみに、年神様のトシという語は穀物という意味もあり、年神様は正月 様であると同時に、稲などの穀物神でもあったんだと思う。なお、ゴマメという語は、健康に働くという意味のマメに御(ゴ)をつけたものなんだとさ。一方、 雑煮は江戸時代に入って、庶民の間にも普及し始めたんだけど、元々は正月三箇日の間、年神様に供えた餅や野菜等をトシダナ(年棚=年神様を祭った神棚)か らおろして、それを文字どうり雑煮にしたことから生じた。じゃあ三箇日は何を食べたのかというと、お赤飯(その赤い色は、本来、赤米や黒米等の古代米を炊 いた時の色を模したもの)とか普段はめったに口に出来ない白米のご飯だったという…。また、地域によっては、逆に米をいっさい口にせず、さながら縄文時代 のように、ヤマイモ・サトイモ・豆類だけを食べるところもあったようだ…。そんな地域では縄文神道のカミ観念があったんでしょうね。
固い話はとにかく、良い年神様を迎えて素晴らしい2007年にしたいものですね!