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[2019.07.01]
■方違え・方忌み
 陰陽道が盛んだった平安時代…。その陰陽道の考え方に「方違え」「方忌み」というものがある。方忌みとは禁忌すべき方向・方角の事で、方違えは方忌みの方向にどうしても行かなければならない時にとられた方法なのね…。その際、兎歩という歩き方まで取り込んだようなんです。 


 方忌みに関わる神様は「天一神」「太白神」「大将軍」「金神」「王相神」の5つ!例えば、自分が行こうとする方角にこれらの神様がいた場合、まっすぐそこに向かうのは神様のいる方向に移動する事となって恐れ多いと考えられていたのさ…。そこで、いったん別の方角にある知人等の家に行き、1泊してから目的地に向かう…。こうして迂回する事で目的地が禁忌の方角になる事を避けるのが方違えなのね…。因みに、方忌みの方角ではやってはいけないとされたのは、移動、嫁取り、井戸掘り、家屋の修理等であったらしい…。 
 
 方忌みという方角に対する禁忌が平安時代に広く守られていた事は、源氏物語にも出て来る…。源氏物語の光源氏もきちんと方違えに則った行動を取っていて…。宮中に参内した源氏は、帰る方角に天一神がいたため、方違えをして中川にある紀伊の守の屋敷に滞在する…。そこにいたのが空蝉!紀伊の守の妻ですわ…。一目で空蝉を気に入った源氏は何度となく、方違えに紀伊守の屋敷を利用する…。そんな折、紀伊の守が任国に出向き、留守宅は空蝉をはじめ、女子供だけとなった…。この機に乗じて、屋敷に忍び入った源氏は空蝉の寝所に忍んで行く…。が、空蝉はその気配を察してそこから逃れてしまうのさ…。 
 
 そんな事とは露知らない源氏は、寝所で寝ていた女性を抱きしめるのだけど、様子から空蝉ではない事を察する…。そこにいたのは空蝉の継娘の軒端の萩だった…。ただ、そこで怯む源氏ではない!結局、軒端の萩を口説き落として、契りを結んでしまう…。結局、方違えも、光源氏にかかっては形無しという話なんですけどね…。 
 
 大阪府堺市にはその名も「方違神社」がある。八十天万魂神、素戔嗚命、三筒男大神、息気長足姫命を祭神とするこの神社は、崇神天皇の代の創建とされている。摂津、河内、和泉の三国の境界にあたり、どこの国にも属さない三国ヶ丘に建つ事から、ここは方位の影響を受けない!と考えられ、方位がもたらす凶を振り払う御利益があるといわれている…。 
 
 その始まりは、神功皇后が三韓征伐から凱旋した時、この地で天神地袚を祀って皇軍の方災除を祈り、謀反人の忍熊王を打ち破った事にあるとされてますが、方違えという考え方が広まってからは、その代替えとしてこの神社への参拝が行われたそうで…。 
 
 神社に参拝した後、目的地とは違う方角に一歩踏み出し、そこから境内に戻って改めて目的地に向かうというのが”簡易方違え”の方法だったという…。 
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PROFILE
タリズマン・マスター
タリズマン・マスター
1995年から、この伊達市に、占いスペースを開き、運命アドバイザーとして占いをおこなっています。  
札幌、苫小牧など、遠方よりお越しになる方も、多く占わせていただいています。  
 
占いに使うアイテムは、タロットカード、占星術、など、多岐にわたりますが、アイテムをガイドとして使いながら、霊感によって、その人の本質を霊視します。  
この仕事についたのは、運命だと思っています。 
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