[2013.04.22]
伊達ハーフマラソン、何とか無事に完走できました。
スタートダッシュにすべてをかけていたわけではないのですが、それでもすごいハイペース集団に入ってしまい空中分解寸前。
記憶が正確ではないですが、2キロ地点で8分少々。
5キロで21分後半だったと思う。
6キロ過ぎても呼吸の苦しさはいっこうに治まる気配なし。
10キロ46分40秒。
私にとっては超のつくハイペース。そしてあの11キロからの急坂。実はこのあたりでもっとも恐れていた左膝の違和感が・・・。
いや傷みと言っても良いぐらいの状況でした。やはり何が何でも完走だけはしたい。かと言ってダラダラ走って追い抜かれる連続も認めたくない。急場凌ぎで走りながら右足に重心を置くステップに意識しつつ、やや左膝の傷みは治まりつつ、いやまた傷みがの一進一退。
15キロあたりから冷たい風が気になりだし、また目標にしていた目の前のランナーからどんどん後退していく展開。ストレスはやや極限に近いかも?
17キロから、いよいよスムーズに足が上がらなくなり、走るバランスがもうメチャクチャ。でも歩くのだけは絶対に認めたくない。歩く為に寒い真冬から走り込んできた訳ではない。足が上がらなければ、思いっきり手を振れば良いかも?と直感的な行動でその場を凌ぐ連続。でも相変わらずゴールだけは遠く感じる。
21キロ、ゴール寸前に次男が掛け声をかけて応援してくれたみたいですが、イマイチその声を聞き取れませんでした。おそらくかなり疲労していたせいもあるのでしょう。
自己ベストを更新できたことにはとても満足していますが、これまでのようなタイム短縮ではなかったので、どこか練習成果の限界を感じ始めています。
支えて頂いた関係者の方々すべてに感謝申し上げます。
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[2013.04.21]
(昨年の伊達ハーフマラソン)
今日は伊達ハーフマラソン開催です。大会関係者の方々にたいへんお世話になります。この地元大会、41歳ではじめてランナーとして5キロに挑戦。
その後42,43歳でハーフ2回を完走、今日の出場は4度目になります。
しかーーーーし、実は34歳の時、はじめて伊達青年会議所メンバーの一人として、駐車場係を担当しました。
その後、6年間ずうーーっと駐車場誘導をやり遂げました^^;
(皆勤賞です^^)
つまり私にとって今日の伊達ハーフは、駐車場係も含めると・・・
ジャーン、10周年達成!!
って言うかそんなことよりも、最初の頃はとにかく面倒な雰囲気アリアリで、嫌々手伝っていた自分が懐かしい。
そんな興味ゼロの伊達ハーフから、一変してどこでどう自分にとってかけがえのない、貴重なものに変わってしまったのか?
お手伝いでは、駐車場誘導を終えると、次はランナーが通るコースの警護係です。
あの時、警護をしながらただジーーーッとマラソンランナーを見つめることがなければ、100%自分もやってみようとは、1ミリも思いませんでした。
本日もとりあえず、やれるところまでやってきます。
う~ん、緊張しています。
11キロ過ぎの急坂が鬼門です。
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[2013.04.14]
くどいようですが次の日曜日は、伊達ハーフマラソンの本番です。もしかすると今の私は、そのことで頭が一杯かもしれない。もちろん本業の衣替え時期もピークなので、それはそれでキッチリ頭を切り換えているつもりです。
今日は日曜日ですが、朝早くから工場の機械メンテ。9時には終わり、すぐに真っ直ぐ今度は室蘭中島のお店へのぼりのポールを3本修理。今しかできないことは今にやるべきと自分には言い聞かせているつもりです。
さすがに3月で44という年齢に達し、21キロ(およそ伊達→室蘭間)を走りきるという本番だけは、内面にいつも不安を抱えます。ここ1年ぐらいはとくに問題なく走り続けられたのに、前回の練習ジョグではまた左膝の痛みを感じて、無理せず8キロでストップしました。膝が痛みだすと、途中で少し歩いたぐらいでは絶対に回復しません。完全なリタイヤを受け入れる時があるとすれば、それはそれでショックが大きいと思います。
ただ今のところ、年齢とは反比例するようにタイムだけは順調に縮めてこれています。でも逆に言うと、マラソンをはじめたばかりの私がいかに低レベルの不健康なただおっさんだったかとも言えます。でもマラソンのおもしろさは、マラソンだけで終わらない部分に大きな魅力を感じています。その波及効果、広がる魅力については話が飛躍するので、ここでは割愛します。
昨年の1175キロ走破を一度リセットし、スタートした今シーズン。
1月、87キロ
2月、76キロ
3月、103キロ
本番前の4月は今日の段階で、75.5キロ。明らかに昨年の走破ペースを上回る真面目な前半戦に自分でも感心しています。
大会直前の練習コースは、風のメモリーではありません。練習では坂道と12キロのコラボを一つの目安にしています。坂道では、聖ヶ岡病院を過ぎて東小学校の前を過ぎると、あとは弄月館の前を通り、太陽の園の入り口まで、およそ4キロは上り続けます。そして呼吸はあり得ないぐらいマックスに追い込まれます。
太ももがセメントのように固まった感覚で、坂の上から折り返し、東小学校まで戻ってくる間が8キロ、そこから今度は清住の方まで、養護学校、リハビリセンター、また太陽の園方面への坂を短いですがもう一度上がります。もう足がガクガク・プルプルのところから、もうひと搾り筋肉に鬼の指令を下します。歩道を走れば安全ですが、やはり一般道路の方は明らかに走りやすいです。それだけ車への注意力だけは余計な疲労感です。走りながらのお洒落な音楽もそういった道路事情から使うことがありません。
自宅近く、丁度12キロを少し過ぎたあたりでストップ。時間は1時間7分。今日は、天気予報で早い時間からの雨に備え、お昼の12時過ぎにスタートしました。でも片道の終盤でポツリポツリと降り出した雨は、次第に強い雨足となり、もう後半の距離では開き直りのビチャビチャ状態。先週の水曜日か木曜日も、みぞれ混じりの寒い日だったし、なかなか向かい風の強い日が多く4月の練習モードは気まぐれな空が続く気がしてなりません。
そんなイレギュラーなコースコンディションでも、精神的な免疫を付けておくほうが何かとベスト。何とか今日は予定の12キロを走り切れました。すぐに膝への冷水とシップとサポーターで様子見です。いや、普段であれば明らかに天気が悪い=お休み・・であっても、今だけはそれを許すわけにはいかないと言った方が正解です。
もう次の木曜日からは、本番3日前なので、体を一度スイッチオフにする予定です。疲労感をキッチリ抜けきり、その前の最終的な体力増強となると、もう残る日数はあとほんの僅かです。
「やれるべきことはやれたのだろうか?」
大会本番がどういう結果であろうと、大会そのものが存在してくれるおかげで日々のモチベーションを保つことができています。1キロ1キロを楽しみながら、21キロのゴールを目指したいです。元気でないより元気な方が良いです。ベストでないよりベストの方が良い。
ただそれだけ・・・
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[2013.04.11]
伊達ハーフマラソン本番まで最近の調整は、太陽の園までの坂道が多いです。片道25分間ぐらいひたすら坂を駆け上がります。体力、心肺、集中力、どれも中途半端な調整では、納得いく力強い走りにはならないと思います。
やっぱりベストでないよりベストの方が良いですよね~♪
日々、順調であれば願ったり叶ったりですが、やはり順調なことばかりはそう続きません。加えて気持ちや体全体に負荷のかかるストレスは避けて通れません。
ではトラブルへの考え方ですが、後ろ向きよりも前向きになる方が、結果の善し悪しは天と地ほどの差になります。
私にとって、クリーニングの仕事は「とにかく楽しいものだ」と言い切れます。楽しいと言っても快楽とか儲け話のような意味ではありません。やりがいや苦楽を乗り越えるスピリット、様々なことにアンテナを効かしバランス重視で課題を見つけていきます。課題があると問題解決力に繋がります。社員の指導にも探求心を怠らず、成長や育成に真からの喜びを感じます。
要するに、ものごとの運・不運とか雨が降ろうが槍が降ろうが、様々な変化・トラブル・問題など最終的には自分の内面次第でどうにでも変わっていくことを原理原則と捉えています。
原理原則とは、揺るぎようのない道標であり、どんなに辛かろうが、苦しかろうが、醜かろうが、原則だけは例えようのないぐらい強固な現実世界のようなものです。生のあるものは、必ず死があり、水は上から下へ流れます。表があればウラがあり、季節は春がくれば、夏がきてやがて冬がきます。太陽があってこその地球であり、足し算引き算ができなければ、掛け算割り算には進めません。
人間の成長過程には然るべき順序とプロセスがあります。子どもはまず寝返りを覚え、座り、這うことを学んでから、はじめて歩いたり走ったりすることができるようになります。各段階ともそれぞれ大切であり、またそれぞれに時間がかかる。どの段階も飛ばすことはできない。長期にわたってごまかすことはできない。
七つの習慣、著者スティーブン・コビィー氏からの挨拶文にこう記されています。
「原則だけは自明的な自然の法則といえます。変化したりなくなったりすることはありません。戦略は変わりますが、原則は変わりません。仕事は変わりますが、原則は変わりません。生活の役割は変わりますが、原則は変わりません。経済事情は変わりますが、原則は変わりません。常に真北を指すコンパスと同じように、周りの状況がどう変わろうと、原則が我々の生活に安定した変わらざる方向性を与えてくれます。」
人は誰でも自分自身のことが大切なはずです。でも自分のことだけを考えても思ったようにはいかないはずです。自分のことと同じぐらい、周りの人のことを考えていける人こそ、あるべき正しい人格者ではないでしょうか。でも「言うは易く行うは難し」、努力に近道が存在しないのもまた原理原則。
春の衣替えもいよいよ後半戦に入ります。
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