■旧物部村
科学も医学もなかった時代、人々は襲いかかる自然災害や病を恐れ、言い伝えや先人の教えをよりどころとして暮らして来た…。その多くは時代と共に失われて行きましたが、現代でも語り継がれて来た民間信仰が息づく村が、四国の高知県の旧物部村ですよね…。樹齢数百年といわれるスギやクスノキの巨木に囲まれ、どこか神秘的な雰囲気さえ漂うこの村は、平安時代から800年の時を経て今も伝わるのが、日本でもここだけの「いざなぎ流」の信仰ですよね…。
「いざなぎ流」とは、陰陽道や仏教、神道等の様々な信仰が混じり合って成立したといわれるこの村特有のものでして…。

今ではどんな病にも効果がある!と評判になって、いざなぎ流の祈祷の依頼は近郊は元より県外からも殺到しているらしい…。
儀式では、和紙を切り抜いて作った飾りのようなものを祀るのだけど、これを”御幣”と呼び、200種類以上の形の中から儀式に合った必要な形を太夫が自ら切り抜いて作るのが習わしとなっている。
型紙もなしで和紙に細かい細工を施すその手さばきといったら、まるで工芸品を作る職人のようでして…。ちなみに、このように和紙を使った祈祷は、陰陽道で術者が和紙に命を吹き込むと言われる「式神」とも似ている。
こういった複雑な儀式の全てを取り仕切る太夫は、村人が心穏やかに暮らすには欠かす事の出来ない存在でしょうね…。とはいえ、過疎や高齢化が進む旧物部村では、いざなぎ流を次世代に伝えるための太夫の後継者育成が大きな課題にもなっているらしい…。

実は、この旧物部村には平家の落人伝説も残っている。壇ノ浦の戦いで平家一族が敗れると、幼い安徳天皇は祖母と共に冷たい海に身を投げたと伝えられているが、実は入水したのは身代わりで、安徳天皇はひそかに四国の地に逃げのびたという説がある。
村にある高板山はその名も「こうのいたやま」なのだけど、奇妙な事にこれは「皇の居た山」と読めないだろうか?さらに、高板山の険しい山道を登った山頂にある小さな祠には、安徳天皇が身に付けていたお守りが祀られていると伝えられている…。
陰陽道やいざなぎ流、願いを叶えたい方、病気の平癒を熱望の方、旧物部村行ってみては?不思議な空間ですよ…。