■東と西と…
私たちの世代が高校の時の修学旅行と言えば、”京都”ですよね?今の高校生たちは、海外に修学旅行に行くようで、京都?ダサッ!なのかな…? 京都は延暦13年(794)、桓武天皇の時代に遷都され、平安京と呼ばれたが、現在のJR京都駅は平安京のほぼ南側に位置していて、決して京都の中心の位置ではない。その京都駅のすぐそばにあるのが、東寺(とうじ)なんだけど、平安京の東にある訳じぁないのに、いったいどこから見て東だったのか皆さんご存知だろうか?
実は、平安京にはその中央を南北に朱雀大路が走っていたのだけど、その南の入り口にあたる部分に羅生門があった。その門の東に建立されたのが東寺、西に建立されたのが西寺だったんだけど、現在西寺って京都にないですよね…?
本来、東寺も西寺も国家鎮護を目的とした官寺で、今風に言えば”国営”の寺だったから広大な敷地にどちらも五重の塔がそびえていたらしい…。何故、西寺は無くなったか?というと、弘仁14年(823)に東寺は真言宗の開祖、空海にゆだねられ、真言密教の道場として栄える民間信仰の場になった。言わば”民営化”されたのに対して、西寺は国家鎮護という目的のため、財政が苦しいのに”国営”のまま残された。

京都で東と西と言えば、本願寺を忘れてはいけません!「私はお東さま」「私どもはお西さまで…」とよく聞きますよね?なんで皆さん、本願寺って東と西と2つあるかご存知だろうか?元々は1つのお寺だったんですよ!本願寺は共に親鸞さんを開祖とする浄土真宗のお寺ですよね。公称末寺1万寺、門徒数1000万人。これが2寺ある訳だから、合わせて門徒数2000万人となり、日本人の2割近くが東か西の門徒という事になる…。

両本願寺は、言わば兄弟の関係にあるから、経典、重要な儀式の作法等、基本的な事は同じなんだけど、やはり4世紀も別々でいると、細かい所では違いがある。建物の配置や柱の形状、組織のトップの事を東では「法王」と呼ぶが、西では「門主」と呼び、役職の呼び名に違いが見られる。京都の人たちの間の噂話が傑作で、東と西とでは、境内にいるハトもグループが違うと言われていますね(笑)