以前にも書き込んだのだけど、湯殿山の近辺の庄内地方には、現在6体の即身仏が現存している…。その現存している中で、一番古いというか一番最初に即身仏になった方が、今回紹介する本明海上人です。が、一番古いからか、あまり縁起等が残っていないのも、現状でして…。ただ、毎年大坂住職はじめ、皆さんにお世話になっていますし、何故か私自身、一番惹かれるお上人さまなのもあり、今回取り上げてみました。
さすがに、6回目なので、飽きて来た方も多いと思いますが、興味のあるマニアックな方は、是非最後まで読んでほしい…。
鶴岡市東岩本というところに、本明海上人が祀られている本明寺がある。その本明寺には、本明海上人が入定した入定跡が残されていて、立派な石碑が建っており、そこに書かれた縁起や口伝、「本明海宗和上人即身仏略縁起」から判断すると、他の即身仏さまは、農民や町民が多いのですが、この本明海上人は、武士だったようなの…。他の即身仏で武士だった方は、酒田の海向寺に安置されている忠海上人だけで、まして本明海上人と忠海上人は、親戚筋というか甥だったようだから、忠海上人もその土台はあったんでしょうね…。

話は本明海上人に戻るんだけど、武士だった本明海上人が、寛文2年(1662年)に40歳で彼のせがれの藤左衛門に家督を譲り、即身仏を志したのは次のような事が原因だったらしい…。寛文元年(1661年)に庄内藩の藩主の忠当が、病に冒され、典医が熱心に手当てをしたかいもなく、病はつのるばかりで全快する兆しも見えなかった。そこで、後の本明海上人当時は富樫吉兵衛はじめ4人の武士が藩の命を受けて湯殿山に代参する事を命じられた。修行場の仙人沢の行人小屋に参籠をして湯殿山の神前に日参を繰り返し、主君の全快を祈ったところ、そのかいあってか、忠当の病は薄皮を剥がすように快方に向かい、日ならずして全快したようなの…。
この事が、富樫吉兵衛に回心(宗教的転機)をもたらすきっかけになっちゃったようで、彼は藩がいくら戻って来るように命じても、湯殿山・仙人沢にとどまって、ついには注連寺に行人として入って修行三昧に入ってしまう…。再三の帰って来い!コールを無視したせいか、藩主の怒りに触れて召放されて、家族の者も追放処分を受けてしまう。ただ、本明海上人になった彼の霊力や地域に対しての布施がすごかったのか、しばらくすると忠当の怒りも和らぎ、せがれ藤左衛門の帰参も許され、東岩本の心月上人の庵の跡に再興した寺に、不動山本明寺という寺号を与え、70石あげの田地と8町歩(8ヘクタール)の山林を寄進されたとされている。
上人は延宝5年(1677年)から木食行をはじめ、5穀断ちする事3年、その後10穀断ちをさらに3年続け、その後は、松の木の皮を剥がし、その内側にある薄皮を食す事なお5ヶ月…天和3年(1683年)、信者の富樫弥右衛門という者に、「3年3ヶ月経ったら塚を開いて、遺体を取り出すように!その時自分は必ず即身仏になって、世の人の苦しみを救うであろう…」と遺言し、境内の一角に塚を設けて入定したそうだ。
弥右衛門は、これまで上人から即身仏の事は聞いていたのだけど、実際には一度もそれを拝した事もない訳で、塚を発掘して遺体を取り出す気になれず、3年3ヶ月を経過しても、なお迷っていると、霊夢を見出した!それが1度や2度ではなく、何度もなんで、信心深い彼は、単に夢を見たとも思えず、「自分の怠慢を怒った上人さまが、枕元に立って催促している!」と感じ、意を決して塚を発掘してみると、本明海上人が入定した時のまま、その姿で現れたという…。
以前にも紹介した鉄門海上人や仏海上人も、この本明寺を再建していて、彼らも本明海上人に感銘していたに違いない…。ただ、湯殿山のご神前で、どのような啓示を受けたのか?何故この地方の一番最初の即身仏になったのか?辞世の誓願などは、解かっていない…。
実はこの本明海上人、目が黒というか青というかそういう色で、塗られてしまっている…。その原因は参拝者が上人さまの目が即身仏のワリに生々しく光が強いのに恐怖心を抱くため塗った!という説と、お上人さまが入られている厨子を作る宮大工さんが、「この上人さまの目が気持ち悪い!」という理由で、漆で暗く塗ってしまったという説がある。但し、後者のほうは後日談があって、その宮大工さん1週間もしないうち、両目とも潰れてしまったそうだ…。
現在のご住職の祖父にあたる天海さんも、元々青森の方だったようなんだけど、少年時代に失明しかけたが、人に勧められて参籠したところ、元の目に戻ったので、報恩のため本明海上人に仕えて、自分の一生を終えようと決心した方で、このお上人は昔から、眼病によく効くと言われている。
私個人的に、一番荒らされてないというか、古いからなのか解かりませんが、一番霊力が強い上人さまに感じます。もし、興味があったり、本明海上人さまに縋りたい方は、是非に!但し、普段は現在の住職方たちが、家族や総代さま方だけで守っているお寺なので、観光地ではないから、事前の連絡と厳かな気持ちで参拝していただける事を付け加えておきましょう…。
いつも、即身仏さまのコラムになると長くなってしまいますが、最後まで付き合ってくれた方、ありがとうございます。感謝します。また、違う即身仏さまも、1年に1回くらいは、紹介して行きたいと思います。
盛んにTVや雑誌等で取り上げられ、都市伝説としては異常なくらいインパクトのある事だったから、よく知っている方も多いと思いますが、ドル紙幣には色々な噂がある…。特にフリーメーソンの魔術的な要素を取り入れたのでは?等は有名ですしね…。まして、超有名どころでは、9・11アメリカ同時多発テロが、ドル紙幣ではすでに予言されていたのでは?という話がある…。
人間も動物の一種ではあるのだけど、動物には不思議な予知能力があるのでは?と言われる事が多い…。
2004年12月、インド洋スマトラ島沖地震で、大津波が発生し、多くの犠牲者が出たのは、まだ記憶に新しいのだけど、この地震と大津波を多くの動物達が事前に察知していたのではないか?と言われている…。
皆さん、地震雲って見た事ありますか?もしくは信じますかね?実は、私2004年に起こった新潟県中越沖地震の3日前、異様な雲が南に伸びているのを見て、友人に「近い内、えらい地震が本州で起こるんだ!」って言っていたら、本当に起こっちゃって、”やっぱりアレって地震雲”だったんだろうなぁ~って思っている一人なんですけど…結構、皆さんも見た事ある方も多いようですね…。
ミレニアムからもう10年っすか…。あっ、明けましておめでとうございます!2010年、平成22年寅年の始まりです。皆さんにとって、平和で幸せな年になるように、心から祈っておりますよ!私が思うには、今年は”まだ”落ち着いた年になるように思いますが…この時期、皆さん神社で元朝参りや初詣に行かれる事も多いと思います。もう行かれてしまった方もいるんでしょうし…。しっかりお参りしましたか?そして、今年一発目の運気をおみくじに託した方も多いのではないでしょうか?皆さんおみくじ引きましたか?
今年最後のテーマにこの題材もどうか?って思ったんですけど、私自身年寄りの話がとっても大好きというか、関心するというか…もっと年配者の方には自分の経験や知恵を語って欲しいなぁ~って願いを込めて、今年最後のテーマにしてみました。大昔の日本の農村にはいたる地方に悲しい風習があった…。かなり古いけど、映画にもなった深沢七郎さんの「楢山節考」のように、労働力にならなくなった年寄りを山に捨てる!という”姨捨山伝説”がある…。
彼女は果たして本当に聖女だったんでしょうか?実は彼女には、不思議な話がかなり多い…。
百年戦争の末期、イギリス軍に包囲されたフランス・オルレアン地方をみごとに救い出した一人の少女…。13歳の時に初めて神からのコンタクトを受け、その神のお告げ(聖ミカエルと言われている)のままに生涯の処女を誓い、甲冑に身を固めた17歳のジャンヌ・ダルクは、まさに奇跡を現出した女神の輝きを放っていたに違いない…。
世界には、俗に三大宗教と言われるものがあって、皆さんよくご存知のように、仏教・キリスト教・イスラム教ですよね?そして、これらの宗教では、必ず生前の行いが悪い人は”地獄”に送られる!とされている。針の山、鬼、血の池…等が皆さんの持つ地獄のイメージでしょうか?日本人が持つ地獄のイメージの大半は、仏教のものと思いますが…
その領域に入った船や飛行機が忽然と姿を消してしまう事で有名な”バミューダトライアングル”…。実はその「魔の海域」の日本版があるのをご存知でしょうか?その場所は、日本列島の南方海域で、千葉県野島崎と小笠原諸島とグアムを結んだ細長い三角形の海域で、”ドラゴントライアングル”と呼ばれている。
この海域で最初に起きた大きな海難事故は…
世界中で大ヒットし、アカデミー作品賞等を受賞した超大作映画「タイタニック」。日本でも勿論、大ヒットでしたから、今だに根強いファンもたくさんいる事だろうし、この映画でたくさん涙を流した方も、いるでしょうし、主演のレオナルド・ディカプリオのファンになった方も多いんでしょうね…。
この映画は、まったくのフィクションではないですよね!ご存知のように1912年4月13日の夜中に大西洋に沈んだ豪華客船タイタニック号の悲劇をモデルにした映画なんだけど…。