■日本橋川から神田川へ
私は若い頃に「小型船舶操縦士1級」の免許を取った。 しかし家が海や湖に遠かったので、船を操縦することもなかった。
いわゆる「ペーパードライバー」である。
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しかし、ここへ来る前は縁が無かった水との関わりも出て来た。
そして、ある日のことである。
私の勝手な思い付きで、『勝どきからお茶の水まで、クルーザーで行こう』というバカバカしい提案に賛同してくれた5人が、小型クルーザーを借りて出掛けることになった。
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スタートは、家からいつも見ている「勝どきマリーナ」からである。
隅田川を遡り、日本橋川に入る。
狭い水路を上流に遡って進んで行くと、日本橋の下の出た。
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この辺りは東京オリンピックの為に首都高速道路が作られたが、道路を作る場所が無く日本橋川の上に作られた。
だから川の中は高速道路の為の橋脚だらけで、運転も難しく危ない。
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しばらく進むと右手に日銀が見えて来る。
そこを過ぎると左手に東京駅が見える。
更に進むと左手の千代田区合同庁舎が見える。
靖国通りの橋の下をくぐり抜けると、右手に私の女房の生れ育った場所が見えて来る。
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そのまま進むと飯田橋駅と水道橋駅の間で神田川と合流する。
ここで船は右折する。
日本橋川より神田川の方が汚れているように感じる。
後楽園球場に行く陸橋で、子供達が手を振って言った。
『楽しいですかー?』。私達は『楽しいよー』と答えた。
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そして間もなく目的地のお茶の水駅下に到着した。
その後、万世橋をくぐり浅草橋の裏手を抜けて、また隅田川に戻った。
3時間のノロノロ・クルーズは思いの外、郷愁を誘う旅だった。
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(おまけの話)
学生時代には、現在のJR中央線をよく利用した。
新宿駅を過ぎて電車がトンネルに入ると、四ツ谷駅はすぐだ。
市ヶ谷駅では、お堀の釣り堀で釣りをしているサラリーマンが見える。
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水道橋では後楽園が見える。
するとすぐに眼下に神田川が見えて来る。
お茶の水駅では神田川の向こう側の岸辺に、乞食が掘立小屋を建てて住んでいた。
川は真っ黒に汚れていて、異様な悪臭を放っていた。
時々、「おわい船」がノロノロと進んで行く。船尾には洗濯物が干してあった。
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誰かに聞いた話では、「おわいを東京湾に捨てに行く」のだそうだ。
今ではウォッシュレットなんて洒落たものを使う世の中になったが、50年前の日本の風景だったのである。
この風景がなぜだか非常に鮮明に記憶に残っていた。
『いつかはこの川面から聖橋を見てみたい』と思っていたが、やっとその希望が叶った。大した希望じゃなかったが、希望が叶って嬉しかった。
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