ブログ閉鎖中の話題(2016年9月5日)
私の「勝どき通信」には頻繁にベトナム人実習生の話が出て来る。では「実習生制度とは何か?」に付いては今までに詳しく書いたことがない。そこで、今回は実習制度に付いて書くことにした。「実習制度」というのは、正式には「外国人技能実習制度」と言う。
(写真は日本のバラエティ番組から。ずいぶんといい加減な情報である)

その目的は厚生労働省の次の文章が分かり易い。
「技能実習制度は、我が国が先進国としての役割を果たしつつ、国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術または知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に協力することを目的としている」。

(中華料理店は殆ど無いし、あってもベトナム風になっている)
これを読むと、誰でも「誠に結構な制度だ」と感じるだろう。
役人の書く文章というのは上手過ぎて、いつも普通の日本人は騙されてしまう。
でも簡単に言えば、「少子化で労働力が不足しているので、経済界からの要望で開発途上国の若者に日本に来てもらい、日本人の嫌がる仕事をしてもらう」ということである。

(私はそんなことはないと思う)
彼らは本国で一定の日本語教育を受ける。そして現地で日本から出張して来た会社の社長や担当者と面接をする。そして採用になれば、日本で3年間働くのである。
私の関係しているESUHAIという会社は「ベトナムで若者を募集する」、「日本語とマナーを教育する」、「日本に渡航する手続きをする」、「日本へ送り出す」、そしてESUHAI日本支社が「受入先企業を探す」、「ベトナムから来た若者を企業に案内する」、「その後のケアをする」というのが大まかな仕事である。実習生の帰国後の現地日系企業への紹介も行っている。

(ベトナムの家はフランスの影響を受けたせいか、元々かなり西洋風である)
日本側の受け入れは原則的には単体企業では駄目で、「組合」でなければならない。
だから外国人実習生を受け入れるために、日本側は組合を立ち上げることが多い。
日本に到着したベトナム人は組合で日本語、会社での働き方、注意事項などを1ヶ月間学ぶ。そして初めて日本企業で働き出すのである。

日本の企業といえども、色々ある。中小零細企業の経営はどこも苦しい。その上に人材が集まらないのであるから、実習生は天から降って来た小判のようなものである。
小判なら大事にしなければならないのに、会社によっては無茶苦茶な労働をさせるところもある。元々、労働基準法など関係なかった会社だから、ベトナム人にも同じようにするのだろう。

実習制度は転職を認めていないので、実習生はどんなに職場で大変でも我慢して3年間を過ごす。良い社長に当たった実習生は、年に2回の社員旅行、クリスマスにはケーキ、お正月には社長の奥さんが手作りのお節料理を振る舞ってくれる。
他社と違いESUHAIは日本語教育とマナー教育をシッカリやっているので、企業の間で評判が良い。その為に需要に供給が追い付かず、来年には今の2倍(3000人)の学生を収容する新校舎の建設をホーチミン市に計画している。

(私は違うと思う。今までの私のベトナムからの報告を参照して欲しい)
(おまけの話)
以前にベトナム人男性の実習生を家に呼んだ。大江戸線「勝どき駅」で待ち合わせたら、現れたHさんは「この辺は良く知っています」と言う。
驚く私に「あそこに見えるマンションの部屋の壁紙張りに、1年間通った」と言うので驚いた。

そのマンションは私のマンションの隣に建つ「ドゥ・トゥール」という名のマンションである。ドゥ・トゥールというのはフランス語で「2つの塔」を意味する。
Hさんはこのマンションに通い始めてから、大変な経験をすることになった。
彼はベトナムでは壁紙張りなどした経験は無い、まるっきりの素人であった。

現場に通い出して2ヶ月で問題は発生した。内装工事の元受けの会社が倒産したのである。200人くらいの下請けの職人が現場で働いていたので、大騒ぎになったそうだ。
それでも彼は破産管財人が優先的に給料を押さえたので、他の職人と違い給料の確保は出来た。
そして元受けが変更になり仕事を続け、マンションは完成した。
湾岸の評判のマンションと言っても、中に入れば経験も無かったベトナム人実習生が壁紙を貼っていたんだと初めて知った時は驚いた。

(私は違うと思う。テレビは演出が大げさ過ぎるので、信用してはいけない)
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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。
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私のいた職場は3K職場であった。当然のように日本人は集まらず外国から来た労働者に頼らなけらば会社は回らなかった。彼らの働きが会社の成長を促し、時代の流れに乗ることができた。
将に、彼等は救世主であった。
テレビ会社は随分と無責任な番組を制作するのですね。視聴者の期待に沿うように、データに基づいた事実ではないことも作って放送してしまう。