バス停でバスを待っていたら、セミの鳴く声が聞こえた。
『こんな都会にセミがいるのか?』と不思議だったが、以前に清澄公園で「セミの抜け殻」を見た覚えがあるので、大した用事も無かったので清澄公園に行くことに予定を変更した。
都バスを「清澄庭園前」で降りて清澄庭園の横を歩いて行くと、庭園の隣が公園である。
かなり広い公園は中央に広場があるが、周りは林で自然そのままの作りになっている。

公園に入ると、場所によっては「ジー、ジー」とセミの声が聞こえるような気がする。
耳鳴りかもしれないと思っていたら、違う鳴き方のセミの声が聞こえた。
その方向へ行って地面を見たら、小さな穴がたくさん開いている場所があった。
ここからセミが出て来て、木に登って鳴いているのだろう。

セミのことに興味を持ち、家に帰ってからネットで調べてみた。
すると『セミの種類は世界に3000種類、日本に30種類が生息している。セミは不完全変態を行い、卵→幼虫→成虫の順に成長する。・・・』
『卵は木の幹や枝に産み付けられ、約1年で孵化する。孵化した幼虫は土中に潜り、木の根から栄養を吸収しながら3~4年(種類によっては15年以上)かけて成長する。成虫になると地上に出て羽化し、交尾後にメスは木に産卵する。・・・』
『成虫の寿命は約1週間と非常に短いが、幼虫期を含めると全体の一生は長いと言える』と書いてあった。
3~4年も地面の中にいて、出て来て1週間で死ぬのは私なら嫌だなー。

私はネットで調べて初めて知ったが、『セミの鳴き声はオスのみが発し、種類によって「ミーン、ミーン」、「ジリジリジリ」、「カンカナカ」などと異なる鳴き方をする。セミは主に樹液を吸い、種類によっては他の生物の体液も摂取する。・・・』
『口はストロー状で、効率的に液体を吸収できる構造になっている』とあり、「オスだけが鳴く」とは初めて知った。
地面に穴の多い場所の近くの木には、必ずセミの抜け殻が取り付いている。
短くても3年後に地面から出て来て木に登り、そこで殻を破って飛び去るのだろう。

この公園には「どんぐり」の生る木が多い。
色々な種類の木が植えてあり、2~3年前にはここへ家族と「どんぐり」を拾いに来たことがある。
「どんぐり」と言っても、生る木は「ブナ科」の樹林で、ブナ科はさらにブナ属、シイノキ属、マテバシイ属、クリ属に分れる。更に常緑樹と落葉樹に分れる。
ここでも初めて知ったが「栗はどんぐり」であった。

どういう理由か分からないが、この公園では周囲だけに「どんぐり」の生る木が植えてある。しかも「どんぐり」の生る木には、「セミの抜け殻」は無い。
セミの抜け殻は太い木に掴まっていて、細い木にはいないのも不思議だ。
「どんぐり」にも「生り年」と「裏年」があるようで、今年は「裏年」のようだ。
例年なら見掛ける場所に、「どんぐり」が全く無いのである。

私が好きな場所に行ってみた。
そこは水の無い低地になっていて、その高い場所に「ヒマラヤ杉」が数本ある。
とても静かな場所だし、誰もここに来ない。今の時期はヒマラヤ杉に実が生っている。
丸い緑のピンポン玉を小さくしたような実で、大きな木だが実の数は少ない。
よく見ないと実が生っているのに気が付かない。
この実を見付けただけで、なんだか嬉しくなってしまうのである。

公園の入口近くに4本の「百日紅(さるすべり)」の木が植えられている。
2本ずつにピンクと白の花が咲いている。
近寄ってみたら花が終りかけていて、小さな緑色の実が付いていた。
「さるすべり」の実を初めて見たような気がする。
それにして「さるすべり」とは面白い名前の木だが、本当に「猿は滑るのか?」と思った。
ネットで調べたら、『以前、某TV番組で検証の際は登れるということが分かった』そうである。

台風の影響か雨が多く、地面がジメジメしている。
「どんぐり」を探しながら林の中を歩いていたら、キノコを踏みそうになった。
白い平らな傘のキノコで、毒があるかどうか分からない。
素人判断でキノコを食べて、食中毒になる例は多い。
またキノコを採りに山に入り、熊に襲われることもある。
清澄公園には熊は出ないが、食べるのは危険だ。

帰ろうと思い出口に向かったら、カラスがこちらを見ている。
私がカラスを目で追うと、ぴょんぴょんと跳ねながら歩いて行く。
ヒマラヤ杉の見えるところまで来たら、良い光景に出会った。
子供が2人で網を持って、何かを捕えようとしていた。
都会ではなかなか見られない光景だったので、すぐに写真を撮った。
自分では気に入った写真が撮れたと思っている。清澄公園には自然がいっぱいあった。

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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。
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改めて「セミの一生」を人に例えるとどうなのかな? 地下で過ごした5年~15年の生活は、人間の現役時代の苦役?を彷彿とさせる。抜け殻の背広を脱ぎ棄てて、大空へはばたく解放された現在の姿が将に今の私である。
猫は一日中寝ていても、怠慢だ!恥ずかしくないのか!などと文句を言われない。 蝉は地中に3-15年住んで、やっと地上に出て1週間で死んでしまう。生きる目標や目的は交尾と繁殖でしかなく見える。人間は一生懸命働いたのちに定年退職とかリタイアとかあり、いかに老後を楽しく過ごすか、などで頭を悩ませている。人間とは、実に複雑な生き物だ。
カラスと少年の写真は、懐かしい子供時代の夏休みを思い出させてくれます。
昔、週刊新潮の表紙を描いた谷口六郎の絵は、いつも少年少女時代のはかない思い出が描かれていましたが、この写真はそれに似た雰囲気を醸し出していました。