日本橋に用事があったので、台風15号が通過したすぐ後に出掛けて行った。
この日の橋の上には、私に「あっちに行け!」と態度で示した修行僧はいなかった。
計画にある「日本橋の上から高速道路を撤去する」という工事は、なかなか進でいないように見える。
高速道路の地下化が完成しないと、上の道路を撤去するわけにはいかないのだろう。
だから地下ではその工事が進んでいるのかもしれない。
中央道路の両側にボランティアが花壇を作っているが、これは通行人の心を癒してくれる。

いま三越日本橋本店前が大規模再開発を行っている。
中央区の区長である山本区長の実家である「山本海苔店」も含まれていて、近所に臨時店舗を出している。
工事中なので仮囲いがあるが、やはり仮囲いにはアートが描かれている。
少し前に投稿した「栄太郎」の辺りの再開発の素晴らしい仮囲いのアートを見た後では、とても地味に見える。
この「日本橋」と大きく書かれたアートの作者を探したが、どこにも見当たらなかった。
昨今の建築費の高騰があるので、予算の関係があるのかもしれない。

今年は特に暑いと感じるので、『暑い時に涼しく感じるものはなんだろう?』と考えた。
暑い時に「暑く感じるもの」は沢山あるが、「涼しく感じるもの」がなかなか思い付かない。そんな時に日本橋に行ったので、福徳神社にお参りした。
福徳神社の隣に「涼しく感じるもの」があると広報にあったが、それは大量の「風鈴」である。毎年、この頃になると「ECO EDO日本橋」というイベントが開催され、200個の風鈴の道が出来る。
風鈴の道を動画を撮りながら歩いて行こうと考えていたのだが、現地に行ったら風鈴は無かった。そこには札が貼ってあり、『台風接近のために、風鈴を一時的に撤去しています』と書いてあった。

日本橋でもうやることが無いので、兜町まで裏通りを観察しながら歩いて行くことにした。昭和通りを渡り左に曲がったら「江戸 もみじ通り」で、そこでも小規模ながら再開発が行われていた。仮囲いにアートは無かったが、店舗の案内が書かれていた。
それを見てビックリした。『食堂「入金」、こちらで営業中』と書いてあった。
商売とはいえ「入金」とは凄いと思ったら、「にゅうきん」ではなく「いりきん」とフリガナがふってあった。でもどちらにしても、「凄い店名」を堂々とつけるオーナーに感心した。

そのまま進んだら川に突き当り、そこに神社があった。
ここは何度か来たことのある「兜神社」である。
パンフレットが置いてあったので読んでみたら、御祭神は商業の神「倉稲魂命」で、1845年頃の創立のようだ。
すぐ近くに東京証券取引所があるが、現在は「場立ち」も無くなり電子取引となっている。
「場立ち」がいた頃は証券マンのお参りが絶えず賑わっていたが、いまは訪れる人もまばらである。株価が上昇すると近くの「うなぎ屋」が繁盛したそうだが、いまはその「うなぎ屋」も無くなってしまった。

兜神社からすぐ近くの「KABUTO ONE」に行き、巨大なモニターを見ながら休憩した。
この日は日経平均株価は少し下落していたが、最近は動きが少ない。
頭の体操の為に私は少額の投資をしているが、それでも株価の動きは気になる。
零細投資家ではあるが、1銘柄だけは少し多く持っている。
バイオ関係の会社の株だが、過去の最高値は1株1万2730円もしたことがあるがその時は知らなかった。それが今では1000円くらいでウロウロしている。
創業以来赤字続きだが、いつかアメリカで採用される日を期待して持ち続けているが、その時まで生きているか?

「KABUTO ONE」で休憩した後に、人形町まで歩いて行こうと思っていた。
バス停の前を通るとお婆さんが1人、バスを待っていた。
時刻表を見ると「あと3分」でバスが来ることが分かったので、私も待つことにした。
ところが時刻になってもバスが来ないので、私はお婆さんに声を掛けた。
私『バスが遅れているようですね?』。するとお婆さんは『今日はお盆休みで土曜日の時刻表だから、まだです』と言った。やがてバスが来ると、お婆さんはバスに向かってお辞儀をした。
そして乗る時に『お願いします』と言い、降りる時に『ありがとう御座いました』と言った。日本の美しい作法を見た気がした。

(おまけの話)【私の終活 入門講座】
人形町から地下鉄浅草線に乗り「東銀座」で降りて、築地本願寺に向かった。
この日に築地本願寺主催の、「家族葬を成功させるポイント」という講座が開催されるからだ。私の姉も妹も亭主が亡くなった時は、「家族葬」で送り出している。
家族葬が終った後に亡くなったことを知らされて、食事会に招かれたことがある。親しかった同級生のSさんが今年の1月に葬儀を行ったが、その時も当初の計画では「家族葬」だった。友人達と葬儀に参列したが、聞くところによると、周りの強い勧めで一般葬になったようだ。

葬儀は誰の為にやるのだろう?
高齢化社会になり喪主も現役を引退しているので、サラリーマンだったら会社関係者はいない。場合によると妻にも先立たれ、子供にも先立たれている場合もある。
ドンドンと参列者が少なくなるので、葬儀の意味も薄れて来る。
「葬儀屋受難の時代」になって来た。
私の場合は「一般葬」は考えられないので、「家族葬」か「直葬」になるだろう。
残された人に迷惑が掛からない方法にして欲しい。

さて講演会のことだが、講師は現役の葬儀屋の「葬祭ディレクター」という肩書の女性だった。講師の彼女の言うには『一般葬も家族葬も、持ち出す費用は変らない』であったが、私はそれには疑問があった。
彼女はスライドで図を示し、家族葬で不要なのは『香典返しと精進落としの食事代だけ。これは香典で間に合う』と言った。
しかし私は家族葬なら小規模なのだから、色々と不要なものがあるはずだと思った。
葬儀屋が講師なのだから、「家族葬は安くできる」とは言いたくないのだろう。
最後に記名式のアンケートがあったので、私は無記名で「あまり役に立たなかった」と書いて置いて来た。

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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。
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葬儀屋が宣伝のためにレクチャーしに来たようで、信用できないです。第三者がデーターを集めての講演なら良いですが。一番お金がかかるのは、戒名とお坊さんへの支払いではないでしょうか。
葬儀は誰の為に行うものなのか?
80歳を超えての葬儀は社会とは断絶しているのだから、
*故人のため(死者の尊厳の保持と送別)=故人の人生を称え、その最後を尊厳をもって見送る儀式です。
*遺族(残された家族)のため(悲しみの癒やしと気持ちの整理)=身近な人の死を受け入れるプロセス(グリーフケア)としての側面です。儀式という区切りを通すことで、遺族が悲しみと向き合い、現実を受け入れる第一歩となります。
AIは適格に教えてくれました。 なるほどな~ 「故人」と「家族」のためのセレモニーですね!