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神輿54基が勢揃い

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友人が『8月16日は富岡八幡宮の例大祭で、神輿が54基も出る』と知らせて来た。
私は住吉神社の御祭りで、連続で5日間も神輿を追い掛けたのでもう腹いっぱいだった。
でもせっかく知らせてくれたのだからと思い直して、16日に神輿を見に行くことにした。

ネットで詳しく調べたら、佃住吉神社と同じく今年は3年に一度の本祭りだそうだ。
神輿の巡行の前日の15日は神幸祭で、「鳳輦」が渡御すると分かった。
こうなればもう行きがかり上、15日の「鳳輦」の渡御も見に行くことにしたが台風15号が心配だった。

神幸祭の一行がトラックでやって来た。

すでに大勢の地元民が道路の両側に集まっていて、鳳輦の来るのを待ち構えていた。
お揃いの法被を着た長老達がいたが、みんな髪は短く白髪で、人生を刻んだいい顔をしている。この辺りはタワーマンションも無く、昔ながらの町と人情が残っているようだ。
だからか町も住民達も祭一色で、子供達も可愛いお揃いの法被姿である。

富岡八幡宮のお知らせには『神幸祭は八幡宮の神様がお乗りになったご鳳輦が氏子区域約60キロをくまなく巡行し、ご神徳をより身近にお授け下さる神事です。道中13ヶ所では巫女による「永代の舞」が奉奏され、併せてご鳳輦をお迎えする参拝式が執り行われます』とある。

 トラックに乗ってやって来た「鳳輦」(ほうれん)

やっと来た鳳輦は「五島運輸倉庫㈱」の、4台のトラックに分乗してやって来た。
2台目のトラックに巫女が3人乗っていて、やがて私の少し先で止まり「永代の舞」を舞った。舞が終ると宮司と神主が別のトラックから降りて来て、地元の長老たちを前にお祓いをした。

そしてトラックは去って行ってしまった。日枝神社の時の鳳輦は徒歩だったから、ゆっくりと見たり後を付いて行けた。でも今回のようなトラックでは、後を追いたくても追いつけない。その頃になり、小雨が降って来た。

各町内では町内神輿の巡行が始まったが、この祭りは別名「水掛け祭」と言われているので、雨でもバケツの水でも同じだ。
みんなが祭りを楽しんでいるのを見て、「祭って、いいなー」と感じた。

巫女による「永代の舞」

(おまけの話)
祭の話を日程順に書いたら、本番の話が「おまけの話」になってしまった。
今回のハイライトの神輿の渡御は、なんと午前7時30分に富岡八幡宮前を出発する。
以前はこれに間に合うように出掛けていたが、もう面倒になって来た。

54基の神輿の勢揃いは壮観だが、もう何度も見ているので、今回は少し遅く出掛けて行った。最後の神輿の出発は午前9時である。54基が出発するには1時間30分も掛かる。
だから私は8時過ぎに行ったが、まだ相当の数の神輿が待機中だった。

神輿連合が出発して行く

予めネットで「神輿連合渡御順路図」をダウンロードして、プリントして持参した。
富岡八幡宮前を出発した神輿が、戻って来るのは6時間ほど後になる。
神輿は待機中の順番に富岡八幡宮の方からやって来て、門前仲町交差点でUターンして出発となる。

するとすぐに盛大な水掛けの洗礼を受ける。
それにしても「なぜ水を掛けるのか?」と思い、調べてみた。
すると『神道では水は穢れを祓う清めの力を持っている。神輿と担ぎ手に水を浴びせることで、道中を清める意味がある』とあった。

8月の暑い最中に行う祭りなので、熱中症予防にも良いだろう。
出発した神輿に付いてしばらく歩いて行ったら、次の盛大な水掛けは富岡八幡宮の少し先にあった。

富岡八幡宮の先で

神輿は木塲を通り越して東陽町に進むが、私はショートカットをして東京都現代美術館の先で待つことにした。しかし先頭の神輿はとっくにそこを通過しているようで、「深川江戸資料館」前の通りを進んでいた。

そして「三好」という地区で神輿は最初の休憩となり、町内の人達が冷たい飲み物や食べ物で接待している。
大型マンションなど無い地区なので、町に祭りが溶け込んでいる感じを受ける。

一緒に休んでいたら、先頭の神輿はもう出発しているようだった。
慌てて追いかけたら神輿は清澄通りの、清澄庭園前を進んでいた。

「清澄庭園」の前を行く神輿。

その先の信号を左折して、神輿は永代通りに入った。
この辺りになると住宅は殆ど無く大きなビルばかりとなるので、水掛けもなく静かに神輿は永代橋に向かう。神輿は色々な地区から来ているので、メンバーの数もかなり違いがある。

門前仲町に近い地区は、担ぎ手とそれに続いている交換要員の数で300名を越えている。中には100名くらいのグループもあり、約8キロの距離を「わっしょい。わっしょい」の掛け声で担ぐ。

「永代橋」を渡る神輿

神輿が永代橋を渡る。渡り終ったところで左折しビジネス街に入った。
その先で神輿は新川で昼めしとなり、1時間30分のお休みとなる。
当初の予定ではここで私は家に帰るつもりでいたのだが、とりあえず八丁堀に出て私もランチにした。

まだ家に帰るには早過ぎるので、もう一度、先回りして門前仲町に行くことにした。
門前仲町に戻ると、通りは大勢の人で埋め尽くされていた。神輿の戻るのを見に来た人達だった。私はかなり疲れていたが、予定外の神輿の戻りを見ることにした。

 「新川」近くを行く神輿

しばらくすると警察官が来て、交通整理を初めた。
祭の間は広い道路は車は通行止めで、神輿の到着を迎えるために中央を広く開けるように指示された。幸いに私は最前列を確保出来たが、後ろには4重くらいの人垣がある。

向い側に水掛けの場所があり、子供が行くとバケツで水を掛けてくれる。
それを見て、次々と子供が出て来る。中には外国人の子供もいた。

まだまだ神輿は来ないのだが、みんな祭りを楽しんでいる。
今回の祭りの見物客は30万人、神輿の担ぎ手は2万7000人だと推測されている。

  水を掛けてもらう2人の女の子(門前仲町)

そろそろ神輿が来る頃だと思っていたら、天気予報が外れて小雨が降って来た。
神輿の担ぎ手は雨が降っても平気である。それより大量の水を掛けられていたからだ。
私の隣のお婆さんが傘を差したのだが、滴がみんな私の肩にかかっている。

お婆さんにそのことを言ったら、『すみません』と言って傘を私の方に寄せた。
それで私はお婆さんと「相合傘」になってしまった。

1時15分頃に先頭の神輿が戻って来た。担ぎ手はかなり疲れた顔をしていた。
この日の最高気温は27度と低かったので、担ぎ手はかなり助かっただろう。

出発場所に戻って来た神輿

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伊達季節移住のススメ

心の伊達市民 第一号

北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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コメント(2件)

  • お祭り風景は「見るも良し」「参加するも良し」。日本のお祭りは興奮冷めやらず。我が地区の秋祭りでは「メダカ」を売る夜店が出るそうな?

  • なかなか見られない東京下町の夏の風物詩、祭りのかずかずを今年はたっぷりと見せていただきました。

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