初めての入院と心臓手術。
これまでお陰様で病院の世話になることもなく、そういうイベントは傍から眺めるだけだった。それがいきなり自分の番になった。俺は期待7割、不安3割の気持ちで、この人生初のイベントに臨んだ。
朝早く、カミさんに札幌まで送ってもらって入院開始。
看護師のひとりに案内された俺の居場所は、4人部屋の出入り口側。トイレもすぐそばで、こりゃあ都合が良い。
着替えて待つように言われたその場所は、想像していたよりずっと個室っぽかった。隣とは背の高いロッカーで仕切られ、周りはぐるりとカーテンで囲われる。同室の声こそよく聞こえるが、個室にこだわる必要はなかったな。そのかわり、同室の同胞と交流するどころか、顔を合わせることすらない。
バックパックに詰めてきた荷物をロッカーにしまい、病院服に着替えてベッドに座っていると、今日の担当だという看護師がやって来た。若い男だ。入院中の生活や初日の検査について説明してくれるのだが、話しているうちに、彼の顔に面倒くさそうな色が浮かぶのを、俺は見逃さなかった。
「こいつ、ちょっと生意気だな。年寄りをバカにしてる感じがあるぞ」
と思った。
一通り説明を終えると、彼は最後に、
「明日は朝イチで手術です。あとで毛を剃りに来ますから」
と言い残していなくなった。
この一言で、俺の期待は一気にしぼんだ。なんだ、まさかこいつに俺の秘密の花園をいじられるのか。
指示されたとおり階下に下り、レントゲン、CT、MRIと検査を回った。その間じゅう、失望感というか喪失感というか、なんとも言えない感情を抱えていた。
俺はいったい何を期待していたのであろうか。
不安と期待は裏腹の感情だ。まさにジェットコースターに乗るときの気持ちである。「え? どうなっちゃうんだろう……」と思いながら、実はワクワクもしている。結局、人間は「刺激」が好きなのだ。
それにしても、なんでよりによって1割にも満たないはずの男の看護師に当たってしまったのだろう。しかもあんな小生意気なやつに。俺の秘密の花園が荒らされる?
人生で何度もない貴重なイベントに降ってきたこの不運を、俺は久々に恨んだ。
検査を終えてベッドに戻り、しばらく大人しくしていた。次はあいつが来るのかと思うと、少し緊張する。
食事の時間が近づいても、あいつはなかなか来なかった。
「今日はもう来ないのかな。もしかしたら担当が変わって、女性の看護師になったりして……」
などと思っていたら、カーテンの向こうからあいつの声がした。
「毛を剃りに来ましたー」
いきなりカーテンがシャーッと開いた。
やっぱりお前か。毛を剃りに来ましたー、なんて大きな声で言うな。
同室の3人が耳をそばだて、顔も知らない男の不運をほくそ笑んでいるのがわかった。

「はい、パンツ下ろしてください」
「え? その……全部ですかね」
「全部です。すぐ終わりますから」
ここまで来たらしょうがない。俺は観念して、秘密の花園をオープンした。
「あー……これだったら……ここら辺だけでいいすかねー」
彼はそう言いながら、バリカンでその場所を刈り込み、刈った毛をガムテープでペタペタと貼り付けて取り除いた。
その間、俺は天井を見上げ、余計なことを考えないようにして、この顛末が早く終わることだけを祈った。
彼が去った後、俺はしばらく呆然と横たわったままでいた。カーテンの向こうの3人も、妙に静かだった。
翌日のカテーテル手術は全身麻酔であっという間に終わり、股間に残ったわずかな傷の痛みが、本当に手術を受けたんだなと思わせる唯一の証拠だった。その後2日後には退院した。
迎えにきてくれたカミさんに車の中で「どうだった?」と聞かれた。
手術のことはまったく覚えていないし、一番覚えているのは秘密の花園の屈辱だったので、そのことを話すと、
「よこしまな考えにバチが当たった」
と冷ややかに笑われた。

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