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日本語能力試験

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ブログ閉鎖中の話題(2015年7月10日)
世界中で1年に2回、「日本語能力試験」が実施される。
日本語の能力をN1からN5までに分けて、そのランク毎に試験がある。
試験はペーパーテストで文字、語彙、文法、読解、聴解がある。

KAIZEN日本語学校の先生方と。

私も試しに練習問題をやってみたが、最高ランクのN1は日本人でもかなり難しい。
ベトナムで日本語学校に通い、実習生として日本に来るにはN4レベルは必要である。
そして日本で3年間を過ごす間に日本語を勉強し、帰国する時にはN3を取るのが多くの実習生の希望である。

日本語学校の授業風景。

中には頑張って、N2を取る人もたまに出ることがある。
かなりキツイ労働をしながら、その上でN3を取るのは容易ではない。
日本に来た当初は「帰国までにN3を取る」と宣言していた人でも、仕事と勉強の両立が出来ず落伍してしまうことが多い。

ベトナムのお寺。ライトアップするお寺は珍しい。

日本で頑張ってN3を取って帰国すれば、ベトナムで日本語教師の職にあり付ける。
日本語教師という職は、全く日本語を知らないベトナム人に日本語を教えるのだから、初歩的な日本語で十分間に合ってしまう。

一方、ベトナムの大学の日本語学科を卒業すると、N2の資格は取れるようだ。
だからベトナム人の日本語教師の多くは「N2」の資格である。

市場の肉屋には冷蔵庫が無いので、吊るして販売している。

日本に留学して来た人は、大学を卒業する頃にはN1を取れる。
そうなれば、運が良ければ日本企業に就職して、将来の道が開けて来る。
N1を持っていれば、ベトナムでも日系企業で管理職になれる。

中国からベトナムに生産拠点を移した日系企業では、日本語を話せる人材の奪い合いが起きているので、日本で働き、日本語を話し、日本の習慣を知っている人は貴重なのである。

南部の田舎町の朝の風景。

昨年(2014年12月)に行われた日本語能力試験の世界のデータがある。
(N1~N5)
*応募者数  36万9805名
*合格者数  11万8799名
*合格率   37% (N1~N5の平均)

車の入れない、村の奥にある貧しい家をバイクに乗って訪ねた。

今年の試験は7月5日と、12月6日に世界各国で一斉に行われる。
私の教え子も日本で何人かは受験したが、果たして何人が合格しただろうか?

渡航が自由化されていないベトナムから、折角、日本に来ることが出来たのだから、なんとか3年間だけでも頑張ってN2を取ってベトナムに戻り、幸せな人生を歩んで欲しい。

この年になるともう自分のことではなく、知り合いの人が幸せになるのを見るのがなによりも嬉しく思う。

町の中では椰子の実を売っている。上の尖がり部分を切ってストローで飲む。

(おまけの話)
私の長い人生で、外国人と日本語で手紙やメールで連絡をし合ったことはない。
それがベトナムと関ったばかりに可能となったのは、とても嬉しいことと感じている。
でも、その代わりに多少は解釈が難しい文章にも出会うが、その意味を考えたり、文章を添削してあげるのも楽しいものである。

日本で言う果物の「ザボン」のテーマパークのガイドの美人女性。

私がベトナム滞在中にお世話になったXさんという先生からメールが来た。(まま)「ベトナムの生活は前よりよくなって、我慢強い若者が少ない。最後の希望まで持てる人もあまりいませんから、それでベトナムの国がなかなか発展できません。50年後、日本のように出来るか分かりません。とても残念です」。

南部の村の海老の養殖場。日本にも輸出されている。

「日本へ行くためにこれから賞金をしたり、健康を準備したりします。その時、橋本顧問  は私を日本の全国に連れていってくださいね。会える日を楽しみにしています」。

「貯金」を「賞金」としたような間違いもあるが、こんなメールをもらうと、とても嬉しくなる。 だから出来るだけ、ベトナムの人達を助けようと思う。
Xさんも早く貯金をして日本へ来ないと、私も年だからいつまでも待っていられない。

早朝から葬儀が行われていた。(ホーチミン市で)

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伊達季節移住のススメ

心の伊達市民 第一号

北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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