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小さな話(126)・・・べトナム特集

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10年前の2016年5月の記事を今頃になって投稿しているが、それは当時は事情があって投稿を止めていた。しかし親しい友人達にはメール方式で送信していたので、今でもその頃のメールは保存されている。
そこで土曜・休日には、その当時のブログを投稿しているという事情がある。

ただ写真に付いてはメールに10枚も添付するのは容量が大きく、相手に迷惑だと考えて小さな写真にしていた。いまそれを「むしゃなび」で使うために引き伸ばして利用しているので、画像が不明瞭になっている。
(今回の写真は2013年に、私がホーチミン市に滞在中に撮ったバイク写真です)

 カラーコーディネートの女性ライダー

10年前まではベトナムにも行っていたし、実習生の面倒もよく見ていたので、ブログにもよく登場する。読者からコメントや手紙で『彼女達はいまはどうしているのかなー?』という質問があるので、それに答えたい。

多くの実習生たちの現状は、いまは分からない。彼等は日本で働きお金を稼ぎ、母国に帰って行った。実習生のほとんどは田舎の農家の出で高卒くらいなので、ベトナムに帰っても高級な仕事にはつけない。

だから日本に関係のある企業に就職し、そこで知り合った男と結婚している。
結婚すると私などに構っていられないので、段々と疎遠になってしまった。

3人乗りは当り前

一方でKAIZEN日本語学校の先生だが、彼女達は日本に来たことがない。
大学で日本語学科を専攻しているので、かなり日本語は出来るが会話能力はまだまだだ。生徒に日本語を教えていながら自分は日本へ行ったことがなく、生徒が日本へ行くという皮肉なことが起きている。

そこで彼女達の中からは留学という形で日本に来て、アルバイトで生計を立てようとする者が出ている。そして滞在中に色々な方法で、日本企業に就職をしている者も多い。
中にはそこで知り合った日本人の男と結婚する者も出て来ていて、今回のブログにも1人だが登場する。

真っ赤なバイクの女性ライダー

【ニエンさん】(KAIZEN日本語学校の幹部先生)
彼女は以前に日本政府の招待で日本語の研修に来て、私のマンションのゲストルームに宿泊したことがある。その後、息子が旅行で来日し、同じくゲストルームに宿泊した。

彼女の夫は貿易商で、コーヒー豆やヤシ油などを扱っているらしく、かなり豊かな家庭である。高齢出産で女の子を授かり、猫っ可愛がりをしていて、写真を送って来る。

 小学2年生(ニエンさんの娘さん)

最近のメールは次のようなものだった。(まま)
『おはいよございます。ご家族の皆様はお元気でしょうか? ベトナムはこの季節とても暑く、もうすぐ夏本番を迎えるため、蒸し暑い日々が続いております。雨もほとんど降らないため、さらに暑さが増している状況です。橋本顧問はまだベトナムコーヒーがお好きですか? 今年、学校の先生が一人、日本へ研修に行く予定がございます。・・・』

『コーヒーをもう使い切りましたか?もし良ければ、その先生に持って行ってお願いします。今年はエスハイ社の創立20周年を迎えます。ソン社長のお話によると、大規模な記念式典を開催する予定とのことです。ぜひご家族にも、ベトナムの地でお会いできることを心待ちにしております』。

 家族4人でどこへ行く?

【ハンさん】
彼は私が現役の時に、私の会社で実習生として働いてくれた。
大学出で頭も良く、帰国後はホーチミン市に自分で会社を創業して工場も建てた。
私は以前に工場を訪問し、入口横にマンゴーの木の記念植樹をしたことがある。

仕事があまりない時は、日本へ来て私の会社の一部事業を継いだ会社でアルバイトをしていた。少し前にも来日し工事会社で働くとのことで、池袋で会って一緒に食事をした。

工場入口のマンゴーの木

ところが最近になってベトナムから下記のメールが届いた。
『おはようございます。メールをいただき、ありがとうございます。皆様お元気ですか? 4月25日、私も足利フラワーパークへ行きました。とても綺麗でした。 4月29日にベトナムへ帰国しましたが、ホーチミンの天気はとても暑いです。・・・』

『今、マンゴーの木にたくさんの実が実っています。ただ、実がなりすぎているせいか、一つ一つの大きさはあまり大きくありません。現在、いくつかの仕事の注文の準備をしています。・・・』

『近いうちにまた日本へ行く予定です。その際、あなたにもマンゴーを少し味見していただこうと思っています。果物の持ち込み制限に違反しないよう、種を取り除いてカットした状態にすれば問題ないはずです。またお会いできるのを楽しみにしています』。

 収穫したマンゴー

(おまけの話)
【ミニハシモト】
私が10年前にホーチミン市に3ヵ月滞在した時に、私の全ての世話をしてくれたのがKAIZEN日本語学校の副校長だったMさんである。彼女と私はたまたま誕生日が同じだったので、彼女は自分のことを「ミニハシモト」と言っている。

2年ほど前から両親の介護の為に学校を休職しているが、私の誕生日には必ず電話をくれる。今年は私が留守だったので電話で話が出来なかったが、数日前にメールが届いた。

『お元気ですか? 先週の土曜日(5月2日)は父の亡くなる日1周年記念日です(陰暦・3月16日)。私は先生に写真を送信します。私はFBをよく読みます。先生はいつもお元気でお祈り申し上げます。私は先生と日本の秋を思い出します。MiDiミニハシモト』。

今の彼女は母親の介護をしているので、もう復職は無理だろう。
彼女と私は30歳も年が違う。

 一周忌の親戚の集りで(ミニハシモト提供)

【ホーチミン市のラッシュアワー】

【日本人と結婚した女性】
かなり前に実習生として、日本にやって来たFさんという女性がいる。
帰国した後も日本が忘れられず、留学生として北海道の大学に入った。
そして卒業と同時に関西の会社に就職し、そこで現在の夫となる男と知り合った。
そのまま恋愛結婚をして、1年前に双子の赤ちゃんを産んだ。

実習生は日本企業に働きに来ているので、誰でも厚生年金の支払い義務がある。
3年で帰国すれば、天引きされた厚生年金の掛け金は無駄になる。それを彼女から聞いた夫は資格があるので、手続きをして掛け金を取り戻す商売を始めた。
奥さんのベトナム語での宣伝と対応ができるので、いまでは良いビジネスのようだ。

  空気が汚い街なのでマスク姿の女性ライダー

【外国の若者との関係】
ひょんなことからベトナムに関るようになり、もう25年も経つ。
初めて私がベトナムを訪問したのは40年以上も前のことで、その時は地元の企業の研修旅行だった。

我が家では子供が生まれてしばらくしてから、世界の国の若者をホームステイさせて来た。アメリカ、ドイツ、オランダ、香港、エジプト、台湾などで、大変だったが世界の若者を知った。ドイツと香港の若者以外は誘われて彼の家にも行ったが、良い経験をした。

今はアメリカの親戚、台湾の友人、ベトナムの先生と生徒と付き合いが続いているが、お陰で私の人生が豊かになった。

ロサンゼルス(LAのShinjiさん提供)

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伊達季節移住のススメ

心の伊達市民 第一号

北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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