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小さな話(125)

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【銀座】
銀座1丁目から歩行者天国を歩いて、4丁目に向かった。
午後の時間は逆光の中を歩くことになるので少し眩しい。若者から年寄りまで、色々な人が歩いている。その時に少し前にSONY PARKで開催された「100.80.60展」の時に、もらって帰った有名人達のエッセイに書いてあったことを思い出した。

それは「俵 万智」のエッセイで、タイトルは「年末の銀座を歩けば もとはみんな赤ちゃんだった人たちの群れ」だ。
『お洒落なマダムも、杖を付きつつ行くおじいさんも、アイスクリームを舐めている若者も、みんな誰かに名前を付けてもらい、みんな誰かに育てられたのだ。ここにいる誰もが もとは赤ちゃんだったのだ』。

当り前のことであるが、いざ文にして書かれると隠された真実を指摘されてしまったようで、なんだか恥ずかしくなる。

  「歩行者天国」(銀座4丁目交差点)

【オートレースの広告】
新橋駅のSL広場の右側のビルに、「デジタルサイネージ広告」がある。
そこに「オートレース」の画像が現れたのだが、「なぜかな?」という疑問が沸いた。
それは選手が片足を地面に着けたままで、コーナーを走り抜けて行く姿である。

鈴鹿サーキットなどで走るレーサーがほとんど地面に着きそうなくらい、バイクを傾けて走る見慣れた姿から見るとかなり格好悪い。
そこでその理由を調べてみたら、次のことが分かった。

オートレースのバイクは常に左回り、ブレーキが無い、ハンドルも左右の高さが違う、ギアチェンジは無い、タイヤは三角である。
走ることに特化したバイクなので、この方法が一番早く走れるスタイルなのだそうだ。

 ビルの壁面のコマーシャル映像

【浅草寺の小冊子】
毎月、浅草寺から自宅に送って来る、「浅草寺」という無料の小冊子がある。
5月号の「浅草寺」の中の記事に、「お寺の掲示板に見る仏教の教え」というブログがあった。臨済宗大徳寺の僧侶、一休宗純禅師のお言葉について書いてある。

『この先どうしようもなくなって大変に困った時に、この手紙を開けなさい』と言って、一休さんは亡くなった。

お寺が大変な危機を迎えた時に、一休さんの残した手紙を開けた。
そこには『大丈夫 心配するな 何とかなる』と書いてあった。
「深刻に生きる」と「真剣に生きる」は違う、ということを伝えたかったのだろう。

「浅草寺」の小冊子

【銀座百点】
銀座の少し高級な店に「銀座百点」という小冊子が置いてあるので、気が付いた時はもらって帰る。4月号の記事に「池波 志乃」の書く「舌町そだち」がある。
彼女の夫は亡くなった「中尾 彬」で、おしどり夫婦で有名だった。

今回の彼女は漬物に付いて書いている。
子供の頃に父親に「おこうこ」と「おしんこ」の違いを聞いた話だ。

父親は『平安時代にお公家さんの間で流行った香道ってのがあってな。大根を使った沢庵のような、発酵させた香しい漬物が香の物と呼ばれた。それに対して糠みそ漬けや、ちょいと塩で浅漬けにしたのがお新香になり、それを女房言葉でおこうこと言った』。
私も「お香こ」と「お新香」の意味が、この年になって初めて分かった。

 「銀座百点」

【猫は癒し】
我が家には2匹の猫がいる。どちらも雑種で、捨て猫交換会で購入した。
私は昔は犬ばかり飼っていたので、猫の良さを知らなかった。
結婚して犬が死んでからは、猫を飼うようになった。

最初の頃は「猫は呼んでも来ない」、「喜びを表現しない」という態度に不満があった。
ところが長く飼っていると、その媚びない態度が好きになった。
いまでは2匹が私を癒してくれる存在となっている。

 2匹の内の1匹「ペッパー」、愛称「ペーちゃん」

(おまけの話)
大学時代の友人で栃木県に住むOさんとは、時々、ショートメールで生存を確認している。ある時、返信も来ないし電話にも出ない。彼は独居老人だし、軽い認知症もあるので心配していた。

しばらくして電話があり、『自転車に乗った子供に撥ねられて、怪我をして入院していた』と言った。最近また連絡が無くなった。孤独死を心配したら、またしばらくして電話があり『大阪の弟が亡くなったので、行っていた』と言う。

新聞記事でも「独居老人に部屋を貸したくない」という大家が増えているようだ。
また発見が遅れて部屋が汚されるので、特殊清掃会社が忙しいとも書いてあった。
Oさんには、留守をする時は、必ず連絡をするように伝えた。

「HARUMI FLAG」にある高級老人ホーム

そんな時にマンションの友人のIさんから電話があり、『久し振りに老人ホームのFさんを訪ねましょう』と誘われた。「私のことが分からなくなるまでは、訪問する」と決めているので、3日後に2人で歩いて見舞いに行った。

行った時はFさんは風呂に入る時間らしく、部屋は留守だった。
戻って来たFさんは元気なようで、早速、私は話題に用意していた「うどん」の話を持ち出した。彼は「うどん県」の香川県出身なので「うどん」の話で盛り上がり、全く認知症の気配も感じられなかった。

Fさんは『子供の頃は学校から帰ると、母親に15円をもらって友達とうどん屋に行ったものだ』と言った。「うどん」はご飯じゃなくて、「おやつ」なのだと言っていた。

 高級老人ホームの1階ロビー。

私が『ここでも「うどん」は出るの?』と聞いた時から、彼の変なところが現れた。
Fさんは『私はここでは食事をしないから、分からない』と言う。
私が『ここは3食、出るよ』と言うと、『自分は1階のスーパーに行って、買物をしている』と言った。

私  『ここにはスーパーはないよ』
Fさん  『あるよ』
私   『スーパーがあるのは、以前に住んでいた東京タワーズですよ』
Fさん  『ここは東京タワーズだよ。違うの? じゃあ、ここはどこ?』

 老人ホームの個室で、コーヒーを飲む(無料)

Fさん『ここは東京タワーズの中の部屋だろう?』
私  『違います。以前は勝どきに住んでいたが、今は晴海に住んでいるのです』
Fさん『なぜなんだ? 頭が混乱して来た』

どうもFさんは現状を理解していないようなので、これ以上、彼を混乱させないように話題を変えた。窓のカーテンを開き、外の景色を見ながら言ってあげた。
私  『あなたは以前は32階に住んでいた。ここは2階だから、窓から外を見れば分かると思う』

Fさんは窓から外を見て、不思議な顔をしていた。
1時間以上もいたので帰ることにして、エレベーターホールに行ったら、一緒にエレベーターに乗ろうとする。
ここにいて何もすることが無いと刺激が無く、認知症が進んでしまうと心配になった。

 「HARUMI FLAG」は緑が多い。

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伊達季節移住のススメ

心の伊達市民 第一号

北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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コメント(1件)

  • 『100.80.60』って何? 「銀座100年、ソニー80年、ソニービル60年」という事を知り、作者11名の中に「俵万智( 歌人)」さんの存在を知った。読売新聞に俵万智さんが選者の短歌が掲載されている。好きでそこだけを読むことが多い。判りやすくて私の感性にぴったりと合うのが嬉しい。
    1987年、第一歌集『サラダ記念日』を出版、ベストセラーとなる。翌年、『サラダ記念日』で第32回現代歌人協会賞受賞。2004年評論 『愛する源氏物語』で第14回紫式部文学賞受賞。第四歌集『プーさんの鼻』で2006年第11回若山牧水賞受賞。歌集の他、小説、エッセイなど著書多数。歌集『未来のサイズ』で詩歌文学館賞、迢空賞。長年の創作活動とその功績により朝日賞受賞ならびに紫綬褒章。経歴をみれば一目瞭然素晴らしい!

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