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台湾から来た古さん一家

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ブログ閉鎖中の話題(2016年5月27日)
台湾に住む友人のカメラマンの古さんからメールが届いた。
「Dear Hashimoto San, My family will visit Tokyo at May 19 to 23. I wonder if possible maybe we can meet at zukuji fish market doing early morning at May 20 or 22.

Hope we could have grade breakfast time together.If you have any idea please phone me or give me message.  Best Regard」

築地場外市場でタラバガニに興味を示す。

彼は若い頃に東京写真大学に留学して来て、その間は私の会社の社員寮に住んでいた。勉強を終えて台湾に戻り写真スタジオを作り、企業向けの写真撮影で成功した。
古さんは香港が中国に返還された時に台湾の将来を心配してカナダに家を買い、グリーンカードの取得の為に家族を移住させた。

「焼き貝5種」、(牡蠣、ホタテ、カニ、ウニ、イクラ)・・・800円

私はその後、彼から誘われて彼の家のあるオタワに行き、2週間ばかり女房と過ごした。そんな仲でもあるので、滅多に会わないが親しくしている。彼は日本語の会話はなんとかなるが、読み書きがあまり得意ではない。そこでメールは英語となるが、彼もそれほど英語が得意ではないので分からないこともある。

築地本願寺にお参りする古さん親子。

文中で「zukiji 」とあるのは「tsukiji 」だろうと思う。
「grade breakfast」は「great breakfast」だろうか?
その後、何回かのメールのやり取りで、「家族4人(妻と娘2人)で来る」、・・・

「カナダから来る娘2人とは成田空港で合流する」、「宿泊先は代々木のB&B」、「ロータリークラブの50周年記念行事に招かれた」などが分かった。

勝鬨橋から観光遊覧船「卑弥呼」を撮影する母、娘2人。

そして20日の午前7時に築地市場駅で待ち合わせて、場内の食堂で市場の朝食を食べることになった。そこで私は早起きして、朝の7時に築地市場の場内食堂街に行って驚いた。外国人観光客が早朝から大勢来ていて、寿司屋の前に長蛇の行列である。
朝の7時から行列して寿司を食べる外国人の神経が、どうしても私には分からない。

歌舞伎座ギャラリーで「顔はめ」する古さんの長女。

私以外は場外の寿司屋で「海鮮丼」を食べ、その後は私の観光ガイドで定番の「焼き牡蠣」を食べ、「卵焼き」を食べ、「茂助団子」を食べ、みんなで我が家にやって来た。

その後、私の女房も合流し銀座に出て、野田岩でうな重を食べて、ここで女房だけ別れる。古さんは「天然物なので、釣り針にご注意」の割り箸の袋に書かれた文字に驚く。

野田岩の「うな重」(3800円)

その日のコースは築地市場~築地本願寺~我が家~歌舞伎座~ユニクロ~野田岩~皇居~浅草~(遊覧船)~浜離宮~ゆりかもめ汐留駅であった。

2人のお嬢さんの日本でやりたいことは「抹茶アイスを食べる」、「忍者レストランに行く」、「フクロウ・カフェに行く」、「ユニクロに行く」と、日本の伝統文化とはかけ離れていて、もう彼女達はすっかりカナダ人になっていた。

まだこの後に「お台場」に行くという彼らと別れて私だけ家に戻ったが、午前7時から午後5時までの密度の高い観光案内は疲れ果てて、午後9時には寝た。

皇居二重橋に向かう。(真ん中が母)
彼女は日本語も英語も駄目。
 

(おまけの話)
昨年の12月に我々家族は台湾旅行をしたが、その時は台中には行かなかったので、古さんとは台北のホテルから電話で話しただけだった。
丁度、その時期は台湾で総統選挙があり、親中派と独立派の候補が争っていた。

浅草寺の本堂内から外を見る。

古さん一家はもともと本省人で、戦後になって台湾にやって来た外省人を嫌っている。
現在の台湾の人口比率は本省人が80%、外省人は20%であると古さんは言っていた。

今回の総統選挙では、本省人の代表である民進党の候補の蔡英文さんが当選した。
「蔡さんは安倍首相とも親しいので、これからもっと日本との関係が良くなる」と日本語、英語のチャンポンで古さんは嬉しそうに話していた。

「浅草~浜離宮」への定期観光船で。最近は欧米人がすごく増えた。

私も台湾が大好きなので、また台湾には行きたい。
次の機会には司馬遼太郎の書いた本の「街道をゆく・台湾紀行編」に出て来る日本人の足跡を求めて台南地方をゆっくり旅したい。

その話をしたら古さんは『2年後に引退するので、その時に一緒に旅をしましょう』と言ってくれたが、その時まで私が元気でいられるか?

離宮恩賜庭園で出口に向かう古さん家族4人。

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伊達季節移住のススメ

心の伊達市民 第一号

北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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コメント(1件)

  • 私の所属するワあイズメンズクラブは、台湾の高雄市にあるクラブと友好関係を結び頻繁に交流を重ねている。10年前にまだ元気だった私達6人は高雄市を訪問した。懐かしい思い出である。その後も交流は続き、我がクラブの25周年記念例会には高雄のクラブから大勢の参加者を迎え、八王子市にある「とうふ屋うかい」に彼らを招待して再会を喜んだ。高雄のクラブは積極的に会員を増強して今では50名近い人数で活動している。日本のクラブはメンバーの減少で苦労しているが、台湾人の行動力に大いに学ばなければならないと思う。

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