ブログ閉鎖中の話題(2016年5月10日)
2日目は5月3日なので、出発前から嫌な予感がしていた。
デニーズで朝食を食べて、歩いて勝鬨橋を渡り築地市場に入る。いつもより混んでいる。
この日は11月の築地市場の移転を前に、今年最後の「築地祭り」を開催していた。

市場は場内、場外とも人で溢れ、歩くことさえままならない。
やっとたどり着いた丸竹で「卵焼き」を買って2人に渡す。
また歩いて、浜離宮恩賜庭園に向かう。ここは静かでホッとする。
園内を見て回ると、ここから私の住むマンションが見えて2人はビックリ。

船着場から10時30分発の定期遊覧船に乗り、浅草へ向かう。
2人は船の後部で一生懸命に写真を撮っている。
浅草に付いたら、もの凄い人出で、「東京住民全員の1300万人が来ているのではないか?」と思えるほどの大混雑で、殆ど昔のJR中央線のラッシュアワーのようだ。

次の東京スカイツリーでも人が多くて歩けない。
上野動物園ではパンダを見る人が並んでいて、入り口さえも見えないので諦めた。
疲れ果ててしまったので、不忍池の散歩道にあるベンチで休む。
ところが隣に座っているアジア人の4人グループがうるさい。
ティエンさんが言った。『彼らはベトナム人よ』。

私はその中の1人がこちらを向いた時に声を掛けた。そして手招きをした。
彼は驚き、怪訝な顔をして恐る恐る私の方に来た。私は彼に言った。
『最近の日本でもベトナム語が分かる人がいますよ。大きな声で話さない方が良い』。
それをきっかけに話が弾んだ。
彼らは留学生で、千葉の大学に通っているそうだ。

私のベトナムでの経験、彼らの日本での経験、そして彼らは『ベトナムが発展するには教育が大事です』と言った。
私は『皆さんが頑張って日本で勉強し、国に帰ったら良い国作りをして欲しい。でもその前に共産主義を止めた方が良い。ワイロも無くしてくれ』と伝えた。

彼らと話していて少し気になった。日本人の友人がいないのである。
『どうすれば日本人の友人が出来ますか?』と聞くので、『自分から積極的に日本人に話し掛けなければ駄目だ』と教えた。
こんな場所でベトナムの若者とベトナムの将来の話をするとは思わなかった。
今日の行程は(築地市場~浜離宮~浅草~東京スカイツリー~上野~勝どき)だった。
疲れてしまったので、計画にあった新宿に行くのは止めにした。

(おまけの話)
疲れたので、この日は近くのイタリアン・レストランで夕食を食べることにした。
インド人のアルバイトに案内されて席に着いた。
イタリアン・レストランでインド人は合わないなー。
席に着くなり、ティエンさんが隣の席の2人の女性に話し掛けている。

私は何事かと思ったら、ベトナム語で話している。
話が一区切りしたところで、『どうしたの?』と聞いたら、ベトナムのKAIZEN日本語学校の同級生だと言う。これには驚いた。
彼女達は私のマンションの先にある冷蔵倉庫で働いているのだと知った。

私は割合に偶然に出会うことが多い方だが、今回ばかりは驚いた。
彼女達はベトナムから4人で来ていて、私のマンションの向かいのコンビニの上にあるマンションに住んでいるのだそうだ。
その日は彼女達は約束があって私の家には来られないそうなので、近い内に電話をして来るように伝えた。こんな偶然というのって、あるんだなー。

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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。
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外国人に東京案内するのは楽しいですね。ただし、うわーとかすごいですね~と驚いてくれたらの場合ですが。
千葉の大学に通うベトナム留学生との会話。映画、「空手キッド」のマスターのように、若い弟子に人生で大事な事を少し話す余裕と貫禄がうかがえます。
可愛い笑顔の溢れる二人の少女。憧れの日本に来て、将来を夢見た少女が、今でもベトナムでしっかり生きて笑顔のままでいてくれる事を願わざるを得ません。先進国??日本に来て、目指すものを見つけることが出来たのでしょうか?留学して千葉で学んだことが母国で活かされていることを祈ります。共産国からの脱皮を模索しているのだろうか?日本の民主主義を学んでくれたのだろうか?