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ティエンさんの東京見物(1)

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ブログ閉鎖中の話題(2016年5月9日)
私は3年前の6月にベトナムに行って、3ヶ月を過ごした。
そして日本語学校で最初に出会ったのが、ティエンさんという女生徒だった。

『先生、私の屋台に来てくれませんか?』と言われ、なんのことか分からずに行ってみた。
そこには小さなテーブルほどの大きさの屋台があり、彼女が経営者だった。

1時間以上も遅れてバスタ新宿にやって来た2人。

それが縁で彼女が日本に来てからも、メールで連絡をし合っていた。
また、昨年の2月には彼女が実習生として働いている石川県羽咋市にも行った。
その彼女が7月に3年間の実習生生活を終えて、ベトナムに帰ることになった。

エスカレーターで地下深く入って行くことに驚く2人。

その前に「どうしても東京に行きたい」という連絡があり、5月2日から4日まで私のマンションのゲストルームに泊って東京見物をすることになったのである。

5月2日の午前6時30分に、彼女は友人のトゥイさんと新宿駅に新しく出来た「バスタ新宿」に金沢から長距離バスで到着するはずだった。

東京駅の撮影スポットで記念撮影。

ところが時間を過ぎても、いつまで待っても本人が現れない。
彼女達は携帯電話を持っていないので、連絡も出来ない。私は相当に焦った。
どうしよもなく、その場で1時間も待った。そこへ突然、2人が現れた。
話を聞くと、バスはここに来ないで、遠くで終点になってしまったそうだ。

皇居二重橋を背景に。

彼女は近くにいた警察官に聞いて、この場所を教えてもらい歩いて来たと言う。
どうやら乗車した深夜バスは格安過ぎて、バスタ新宿へ入る権利を持っていないようだ。
とりあえず都営交通の1日乗車券(700円)を買い、大江戸線で勝どきに向かう。駅前で「朝食セット」を食べさせたが、定食に付いて来た「海苔」を初めて食べたと聞き驚いた。

日比谷公園の「鶴の噴水」の前で。
 

1日目の計画は夜行バスで来る彼女達のことを考えて、比較的、楽な計画にしておいた。
新宿~勝どき~皇居二重橋~日比谷公園~帝国ホテル~銀座~歌舞伎座~深川不動尊(昼食)~ゲストルーム~銀座(夕食)~夜の銀座見物(お茶とケーキ)~我が家~ゲストルームという順番で午後9時に彼女達はゲストルームに戻って行った。

帝国ホテルのロビーで。

皇居二重橋では観光客の中からベトナム語が聞こえたと驚き、日比谷公園では都会の中の自然に驚き、深川不動尊では護摩供養の音と火に驚き、夕食に食べたフォーがベトナムとは全く味が違うと驚き、我が家からの夜景に驚き、全て驚きの1日であった。

でも、一番驚いたのは「地下鉄」と「地下街」だった。
「日本人はもぐらみたいだ」との感想は面白い。

歌舞伎座の前で。

(おまけの話)
2人は石川県羽咋市から来ている。私は彼女たちがその町で働く前は「羽咋市」という名前すら知らなかった。この町は「UFOの町」で売り出しているそうで、彼女たちはお土産に「UFOクッキー」を持って来た。
2人ともベトナムでは田舎の出身で、双方の実家は農家のようだ。

我が家から。

昔の日本でも東北地方の農家の次男坊が東京に出て来たように、彼女達は向上心があるので日本までやって来たのである。来る前は「日本で働いてお金を稼いで帰ろう」と思っていたようだ。ところが日本に来てみたら、考えが変った。

ベトナムにも「井の中の蛙、大海を知らず」に似た諺があるようで、大海を知ってしまった彼女達はベトナムに戻った後のことを心配している。

ゲストルームは1泊2人分で、たったの4000円。

「ベトナム人は自分のことしか考えない」、「ベトナムは日本のようになれない」、「ベトナムの町は汚い」、「町の空気も川も汚い」など否定的なことばかり言う。

私は彼女達に話した。「日本も50年前くらいは、今のベトナムと同じだった。でもみんなが頑張って働き、町も川も空気も綺麗になったのだよ。2人ともベトナムに帰ったら、頑張って働き、ベトナムを立派な国にして下さい」。

日本語の下手な彼女達に観光案内だけでなく、色々と社会のことも教えなければならないので、1日が終ると疲れ果てて、私はぐったりとしてしまう。

夜の銀座を楽しむ2人。

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伊達季節移住のススメ

心の伊達市民 第一号

北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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コメント(1件)

  • あの時から10年経った! 今、彼女たちはどうしているのだろう? また、10年経ったベトナムはきれいになったのだろうか? ベトナムにとっての10年間という時間の経過は貴重なものだと思うのだが? 私にとっては昔訪ねたあの時のベトナムしか想像できないのが寂しい!

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