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写真で見る東京(138)・・・日本橋

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今回は「日本橋」の話題を3つ、「凧の博物館」、「平山 郁夫展」、「日本橋絵巻」をお届けする。

【凧の博物館】
日本橋の橋の近くに「凧の博物館」がある。
これは洋食店の「たいめいけん」の所有で、「江戸凧をはじめ全国から集められた凧が約100点ほど」が展示されている。

「たいめいけん」のオーナーはテレビによく出る男で、いつも真っ黒に日焼けした顔をしている。これがなぜかは分からなかったが、調べてみたら「日焼けサロン」に通っているのだった。でも「なぜなんだろう?」。

私の勝手な推測だが、社名も「株式会社 三代目たいめいけん」を設立し、今までの会社の業務を全て引継いでいる。その経緯を知って、彼は相当な目立ちたがり屋のような気がする。調べると色々なことが分かり、とても面白い。

「凧の博物館」

「凧の博物館」は1977年に凧の収集が趣味だった初代が、店の上に開いているのだから相当に長い歴史がある。私はここへ越して来る前から「たいめいけん」には、女房と名物の「オムライス」を食べに行っていた。
その頃は店は現在の場所ではなく、同じ室町だが少し奥まった場所だった。

いまは行っていないので分からないが、その頃は「コールスロー」という野菜サラダが破格の50円だった。HPからメニューを検索したら、現在はオムライスは2100円、コールスローは100円になっていた。あの頃のオムライスは1000円くらいだったと思う。

タイトルと写真が「凧の博物館」だったので、話を元に戻す。
入場料は220円と安いが、その代わりパンフレットも無いので、展示物がよく分からない。
初代の集めた凧なので、三代目も博物館を止めるわけにもいかないのだろう。

私は平日の午前中に行ったが、その時の印象では「誰も見に来ない日」もありそうだ。
もう少し展示方法を考えれば、外国人観光客も来るかもしれない。
結局はよく分からないままで、誰も来ないので動画を撮影してから博物館を出た。

【平山 郁夫展】(平和の旅路ーシルクロードから日本へ)
日本橋三越で「平山 郁夫展」を開催中なので、見に行って来た。
開催は2月20日から3月2日までで、三越本館7階の催し物会場だった。

入場料は1200円と少し高いが、株主と三越のクレジットカードを持っている人は無料だった。私はここへ越して来て株主になったので、もう13年も株主になっている零細お得意様である。

「平山 郁夫展」

会場は2つに分かれていて、副題の「平和の旅路ーシルクロードから日本へ」の通り、シルクロードと日本の風景であった。
最初にシルクロードの会場に入ったら、巨大な絵が展示してあり少し驚いた。
ラクダに乗った人達が並んで砂漠を行く姿である。

上方には必ず月が描かれているので夜のように思うが、太陽かもしれない。
そこで確認のためにネットで調べてみたら、背景がオレンジの場合は昼間、ブルーの場合は夜のようだった。

「背景がオレンジの場合は昼間」

平山郁夫画伯は1930年に広島で生まれ、2009年に79歳で亡くなっている。
15歳の時には広島で原爆の被爆にも遭っている。
亡くなるまでの間に多くの作品を残し、文化勲章を受賞、東京芸術大学学長も務めた。

シルクロード展の会場を出て、第二会場の「日本」に行った。
そちらでは「平成の洛中洛外」、「輝く瀬戸内海」などの日本の光景を描いた作品が出展されていたが、シルクロードの作品を見た後では普通の絵に見えたのは仕方ないか。

「背景がブルーの場合は夜」

(おまけの話)【日本橋絵巻】
三越デパートから地下鉄「銀座線」に乗るために、地下2階から通路に出る。
そこには三越側の壁には、昔の日本橋の光景を描いた横長の「絵巻物」が飾ってある。
ガラスケースの中に飾られた絵巻は12.3メートルもの長さである。

これは「熈代勝覧」(きだいしょうらん)というもので、1805年頃の江戸日本橋の賑わいを描いた絵巻物である。作者不明だが、当時の問屋街や行き交う人々、店舗などが克明に描かれていて、化政期の江戸文化を知る貴重な資料とされている。

この絵巻は日本橋から今川橋までの大通り(約700メートル)を東側から俯瞰して描かれている。沿道の88軒の問屋や店、1671人の人々、犬20匹、馬13頭、牛4頭、猿1匹、鷹2羽などが詳細に描かれている。特に三井越後屋(現・三越)の暖簾なども見える。

この原画は1999年にドイツで発見され、当初は中国の絵巻と考えられていたが、後に日本の美術品と鑑定された。現在はドイツのベルリン国立アジア美術館に所蔵されている。私は「なぜこれがドイツにあるのだろう? 金は払ったか?」が気になった。  

 絵巻物下に説明の絵がある。

この「熈代勝覧」は複製で原画を1.4倍に拡大し和紙に出力したもので、江戸東京博物館の監修のもとに制作された。
下の図は「三井越後屋」の部分を撮影時に切り取ったものである。
動画もカニ歩きで12.3メートルは見物人が邪魔なので、「三井越後屋」を重点的に撮影し短くしている。

「三井越後屋」は伊勢松坂出身の三井高利が創業した、江戸随一の呉服店。両替商でも財を成した。従来の掛売りでなく、正札(定価)現金売りの新商法を採用した。三井越後屋はその後、1904年に日本初の百貨店「三越」となり、両替商は銀行と発展し今の三井グループに繋がる。
現在の日本橋三越本店の本館と三井本館は国指定重要文化財になっている。

   

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伊達季節移住のススメ

心の伊達市民 第一号

北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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コメント(1件)

  • 江戸時代の街中を描いている「熈代勝覧」に深い関心を持ちました。作者が判らないというのも興味深いものがありますが、一つ一つの描写が克明でその時代の様子を見事に描いていると感じました。江戸時代の街は想像以上に栄えていて、人通りの多さにも驚きます。衣装のきれいなのも驚きの一つであります。多くの華やかな文化の生まれた江戸時代の日本を誇らしく思います。

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