ブログ閉鎖中の話題(2016年8月5日)
日本とベトナムは2時間の時差がある。
昨日の朝は疲れていたのに、午前3時に起きてしまった。
日本時間だと午前5時である。習慣というのは恐ろしい。
ベトナムに来ても5時(日本時間)に起きている。
「部屋の説明」
奥の左側のテーブルでパソコンをやる。手前にも大きなベッドがある。
右側には応接間とバスルームがあり、とても広い部屋だ。

午前4時になると、近所のニワトリがコケコッコーと鳴く。
5時になるとホテルの前に椅子を出し、近所のジジイ達が輪になって話に花を咲かす。
6時近くになると、バアチャン達が散歩で窓の下を通る。
ベトナムのバアチャン達も散歩が好きなようだ。この光景は3年前と何も変わらない。

日本語学校の副校長のMさんが私の来る日に合わせて買ってくれておいたフランスパン、ハム、インスタント・コーヒー、フルーツのマンゴスチン、ザボンのようなもので1人で朝食を取る。午前8時10分にホテルを出て、Kaizen日本語学校に歩いて行く。
ここから5分の距離なので、非常に楽である。

2階にある教員室に入ると、全員が立ちあがって歓迎をしてくれた。
この学校は急激な成長を遂げているので、先生は80人もいる。
日本人の先生も10人いるが、私は誰も知らない。初対面の日本人たちである。

私が良く知っている13人のベトナム人の先生には1人ずつにお土産を渡す。
その他大勢の先生達にはチョコレート、アメ、緑茶など全員で楽しめる物を渡す。
次にエレベーターで6階にある事務所に行く。でも生徒達は使用禁止である。
エレベーターのあるビルはこの辺りでは珍しい。

事務所はセキュリティが厳重で、事前に渡されているICカードの身分証をドアの横にあるセンサーにかざす。 中に入り、責任者のベトナム人のTさんの席に行く。
Tさんは私の来ることを知らなかったので、非常に驚く。
彼は立ち上がって大きな声で全員に何か行ったら、みんなは立ち上がってこちらを見る。

Tさんが80人ほどの社員を前に長々と私の紹介をする。
仕方ないので私も少し話をすると、Tさんがそれを通訳する。
そして全員が1ヶ所に集まり、記念撮影となった。
なんだか急に有名人になったような時間が続き、妙な気持だ。

その後に社長室でソン社長と日本人幹部2人と私の4人で、懸案事項について話し合う。 13年ぶりに現役に戻ったうような気分になったが、あの時とは違うと認識している。 先般の都知事選の鳥越俊太郎ほどではないが、確実に私もボケ街道を歩いているからだ。
(おまけの話)
会議の後にソン社長にビルの中を案内してもらう。
3年前にビルの新築祝いの祝典に来た時は、今回のブラジルのオリンピックと同じ状態で、式典の最中にも工事をしていた。だから私は完成したビルを知らないで日本に戻った。

9階の屋上はホーチミン空港に離着陸する飛行機も見えて気持ちが良い。
段々と下に降りて行き、4階で驚くような部屋に案内された。
少し前に東京から「ローソンはベトナムの日本語学校で、留学生を対象に事前にコンビニの模型を作り、そこでコンビニ実習をさせているが、それはやり過ぎだ」と私は書いた。

部屋のドアを開けると、そこにはミニ・コンビニがあった。
ここでコンビニで必要な最低限のマニュアルによる実習をさせている。
新聞に出ていたニュースがこの学校だったとは知らず驚いたが、私が面倒をベトナム人の 若者の成功を見るのはなにより嬉しい。冥土への良い土産が出来たなー。

Song Nhat Hotelから
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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。
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10年前のベトナムには、成長期の企業に見る活力が感じられます。
現在のベトナムはどのように発展しているのだろうか?