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東根市から贈られた「さくらんぼの木

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【さくらんぼの木】
中央区は山形県東根市と友好都市提携をしている関係で、6月になると「さくらんぼ」のイベントがある。東根市というのは私には懐かしい名前であるが、現役の時の得意先の工場があり、1年に1度だが「さくらんぼ」の季節に訪問していた。

中央区との最初の出会いは分からないが、昭和63年に東根市から「さくらんぼの苗木」を寄贈されたことから始ったようだ。それなら中央区にはその時の「さくらんぼの木」があるはずと思い、私は区役所の担当課にメールで問い合わせをしてみた。

  佃公園近くの安政六年創業の佃煮屋「丸久」

するとすぐに、次のような返信があった。
『山形県東根市より、1988年に寄贈された「さくらんぼ」の木に関しまして、当時寄贈された本数は15本です。浜町公園、築地川公園に6本ずつ、佃公園に3本となります。各公園に植栽後、管理を行っておりましたが・・・』

『年数が経つにつれ状態が悪くなり枯れてしまいました。そのため、2007年に新たに「さくらんぼ」の木を植栽しました。現在は浜町公園に4本(総合スポーツセンターの北西側)、佃公園に2本(東屋・池の近く)のさくらんぼの木が植えられております』。

小川から続く「小さな池」

そこで早速、一番近い佃公園に「さくらんぼの木」を見に行ったのである。
区役所からのメールで植えた場所は「東屋・池の近く」とあったが、確かに池があり東屋もあった。その横に桜の木が2本植えてあるが、1本は枯れていた。

枯れた方の木に札が下っていて、「ヨウコウ(陽光」と書いてあった。
家に帰ってから調べたら、「陽光にはさくらんぼは生らない」と分かった。中央区からの返信では、『2本の内の1本は寄贈されたが、もう1本は不明』とのことだった。
更に質問したかったが業務に迷惑が掛かると感じて、これ以上の質問は止めにした。

噴水のある「大きな池」

そこで思い余って山形県東根市の観光課にメールで、経緯を書いた上で下記の質問を送った。「陽光は東根市から贈ったものか?」、「陽光にさくらんぼは生るか?」。
私は暇人なので、なにか分からないことがあると、ついメールで問い合わせてしまう。

するとすぐに返信があり長い説明と共に、『ヨウコウには「さくらんぼ」は生らない。中央区で「さくらんぼ」を生らすのは難しいと思う』と書いてあった。

どうやら枯れないで残った方の木が、寄贈を受けた「さくらんぼ」の生る木のようだった。
中央区も東根市も古い話なので、記録が残っていないようだった。

 「植え直した「桜の木」(佃公園)

佃まで行ったので、以前に中央区シニア写経教室の先生だった女性のことが思い出された。1年くらい写経を習い、まあまあ出来るようになったので教室を辞めた。

彼女はかなり高齢の女性だったので、まだ健在かどうかを知りたくて家の前に行ってみた。すると表札は無く窓は閉じられていて、玄関先の植物も枯れている。人が住んでいる感じがない。

そこで中央区シニア教室に、「また写経を再開したい」というメールを出し彼女の様子を聞いてみた。するとすぐに返信があり『写経教室は行っておりません』と書いてあったので、先生はお迎えが来てしまったようだ。

「佃」の裏町 

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伊達季節移住のススメ

心の伊達市民 第一号

北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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コメント(2件)

  • ワシントンに桜並木が立派に育っているようですが、植物にはその生育に適した土や気候があるようですね。東京の土にはサクランボは無理だったのでしょうか?

  • しばらく無沙汰していた人と会おうとして消息を訪ねると、もうその家には住んでいないようだ。窓も閉まっているし、玄関先の植物も枯れ果てている。主と棲み処の無常。鴨長明の方丈記に書かれた内容をここに見ます。

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