■大湯環状列石
「環状列石」とは、その名の通り、石を円や楕円などの形に組み合わせたもので、”ストーンサークル”とも呼ばれ、東日本に多く発見されている。中でも、北海道や東北地方に数多く分布している特徴がある。北日本にかつて独自の文化があった事を示す格好の材料ともなる環状列石だが、特に有名なのが、秋田県花輪盆地の北東部にある「大湯環状列石」ですよね…。
大湯環状列石は、日本最大のストーンサークルで、「万座環状列石」と「野中堂環状列石」と名づけられた、2つの環状列石から成り立っている。その大きさは、万座環状列石が直径48メートル、一方の野中堂環状列石は直径42メートル。2つのストーンサークルを形作っている石の総数は7000個にもなり、重いものでは200キロにもなる巨石が使われている…。

そもそも、大湯環状列石が発見されたのは、昭和6年(1931)のことで、昭和26年頃から本格的な調査が始められて、以後、研究が積み重ねられて来た。
現在では、約4000年前、縄文時代後期の遺跡と推定されている大湯環状列石ですが、縄文人がなぜ石を使ってこのような奇妙な形のもの作ったのか?という問いには、まだ結論が出てはいない…。考古学等の立場からは、祭祀場や墓であったという説が有力なものとして唱えられてはいますけど、一方で天文台説やUFO飛来地説等もあって、諸説が入り乱れている状況です…。

また、この大湯環状列石を作った人々が、天文に多大な興味を持ち、数字上の意味を大切にしていた事も分かっている。
先ほど、万座環状列石が直径48メートル、野中堂環状列石が直径42メートルと紹介しましたが、両ストーンサークルの間は、正確に90メートル離れている。これは、それぞれの直径を足した数字(48+42=90)と奇妙な一致を示し、これには何らかの数字上の意図があったものと推定されている。
