■川俣温泉の旅(1)
テレビのニュースで川俣ダムの紅葉を知らせていた。
画面から見る限りでは素晴らしい紅葉で、急にそこへ行きたくなってしまった。
ネットで調べると、車が無いと行くのが難しいようだった。
公共交通機関を利用する場合は、家から電車で2時間半かけて鬼怒川温泉まで行き、そこからバスで1時間半も掛かる。しかもバスは1日に4本しかない。

そこで宿は無いかと調べたら、川俣温泉に4軒の旅館があった。
全ての旅館は満室で、たった1室、空きがあったのが国民宿舎の「渓山荘」だった。
すぐに電話をして宿泊予約をし、そこからバスの時刻表を頼りに、紅葉の名所の瀬戸合狭を見て宿に入る計画表を作った。
なにしろバスが1日4本なのであるから、行動の自由が利かない。

家を午前7時20分に出て、鬼怒川温泉駅に着いたのが10時だった。
そこからバスに揺られて山道を行き、川俣平家塚で途中下車する。
「瀬戸合峡」への案内板を頼りに先に進む。10分ほど歩くとダムに出る。素晴らしい眺めだ。
500メートルくら先に白い吊り橋が見え、みんなは吊り橋に行くようなので私も付いて行く。

険しい階段を150段くらい降りると今度は登りになるが、休み休みでないと、とても登れない。やっと着いた吊り橋はその先が行き止まりで、ダムの工事用の橋だったのかもしれない。
吊り橋は遠くで見る方が美しく、行ってみればどうということはない。
また来た道を引き返す。またあの急階段を登るのかと思うと気が重いが、帰るためには仕方ない。

途中まで気楽に来てしまったバアチャンが、上り坂で3人も蒼い顔をして座り込んでいた。後期高齢者が来る場所じゃない。
バアチャン!行ったら、また同じ道を帰るんだよ!
私は途中の休憩所で休んで、持参したオニギリを食べて英気を養う。
バス停に行ったら、次のバスは2時間後だった。
ここは無料駐車場以外は何も無い。

私の行く方向を見ると、川俣温泉までは下り坂のような気がした。
2時間も待つなら1時間くらい歩けば行けると、根拠も無く考えたのが失敗だったと後で分かる。
両側の素晴らしい紅葉を見ながら、ブラブラと歩いて行く。
車が私を追い越して行く。
私は「車なんかより、歩いた方が紅葉を楽しめるよ」と、自分だけで納得しながら先に進む。

私の予想に反して上り坂も多く、1時間くらい歩いてもまだ川俣温泉に着かない。足の付け根が痛くなった。また腰も痛くなった。
あとどのくらいか分からず、泣きたい気持ちだ。
次々と私を追い越して行く車が羨ましくなった。そして2時間弱で、やっと宿に着いた。宿は立派じゃないが、鬼怒川渓谷沿いに建ち、素晴らしいロケーションだ。
アチコチに植えられた真っ赤に燃えるような紅葉が、私の落ち込んだ気持ちをを慰めてくれた。

(おまけの話)
宿に着いて、主人の説明を聞く。
「夕食はここで6時から」、「風呂は3ヶ所で、こことここ」、「「貸し切り風呂は無料で、入り口にサンダルが無ければ、空き」、「ここから先は女湯だから、立ち入り禁止」、「旅館は禁煙」などを早口で話す。
カギを渡され、勝手に自分の部屋に行く。2階の部屋は8畳ほどの広さで、普通である。

すぐに浴衣に着替えて、露天風呂に行く。
誰もいないので、露天風呂で紅葉をバックに記念撮影をする。
のんびりと風呂に浸かり、今日の歩きを反省した。
その時に童話の「うさぎとカメ」の話を思い出して、一人で笑った。
私が歩き出した停留所から下車する川俣温泉までは、バスなら10分である。

私が川俣温泉に着いて旅館に向かう途中で、バスが停留所に泊まるのが見えた。カメが私。バスがウサギである。
ウサギのバスは油断して、カメの私に負けたのである。
そう思ったら、疲れがいっぺんに飛んで行ったような気がした。
