昔から母の日というものには関心がなかった。なぜわざわざそんな日を設けているのか?バレンタインデーやクリスマスと同じで、ただの商業的な仕掛けに踊らされているとしか思えなかった。だからカーネーションやプレゼントを贈りながら感謝の意を伝えるなんてことは、まずしたことがない。
しかし考えてみれば、昨年に弟が亡くなって、母にとって「子」は俺だけになった。つまり彼女が「母」であることに感謝を伝えられるのも、俺しかいなくなったのだ。あの弟は毎年、彼女の誕生日にも母の日にも、きちんと感謝を伝えていたはずだ。そう思うと、あいつの分の責任まで担っている気がしてくる。
内地に一人で暮らす、もうすぐ90歳になろうという母は、いまだに週3回スポーツクラブでエアロビやら水中エクササイズやらをこなすスーパー婆さんである。今は元気でいてくれるが、いずれは体も動かなくなる。そう思うと、自分の母親でいてくれる時間も、そう長くはないと気づく。
だから今回は、珍しく思いを寄せて母に感謝を伝えた。こんなこと、今まで恥ずかしくてできなかった。でもあと何回もないことだからと、今回は割り切れた。
母の日とは、きっとこんなふうに、1年に1回だけなら恥ずかしくても感謝を伝えられる、俺のような人間のための方便なのかもしれない。

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