少し前に中央区の勝どき敬老館で「男はつらいよ 柴又慕情」を見て、「柴又に行こう」と思い立った。自宅から柴又まで行くには、交通手段が結構面倒である。
シルバーパスだけを使って都バスでも行けるが、それだと相当の時間が掛ってしまう。
今回は自分の年を考えて次のコースを選んだら、運賃は東京BRTと浅草線は無料なので片道で199円だった。「自宅」→(東京BRT)→「新橋」→(都営・浅草線)→「押上」→(京成押上線)→「京成高砂」→(京成金町線)→「柴又」。

先ずは柴又駅前で「寅さん」と妹の「さくら」の像にご挨拶をする。
「寅さん」と「さくら」は少し離れて立っていて、「さくら」が旅に出る「寅さん」を見送っている姿だそうだ。そのまま進み道路を渡ると、「柴又帝釈天門前商店街」になる。
参道の両側は木造の商店で、主に帝釈天へお参りする人と観光客を相手の商売のようだ。商店街を歩いていると、映画の場面が出て来るような感じがする。

「男はつらいよ」は1969年に第一作が発表され、その人気が続いて1995年まで48作品が作られている。私が勝どき敬老館で見た「柴又慕情」は、第9作目だそうだ。
いつもほぼ同じストーリーで、よくもまあ48回も続いたものだと感心する。
それだけ日本人は面倒を起こす「寅さん」が好きで、また人情噺が好きなんだろう。
毎回、マドンナになる違う女性が登場し、勘違いした「寅さん」が振られることになる。
私が勝どき敬老館で見た時は、吉永小百合がマドンナだった。
現在の彼女の年齢は81歳だが、とてもそんな年齢に見えない。

寅さんの自己紹介が面白いので、全文を調べてみた。
『わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します。わたくし、不思議な縁もちまして、生まれ故郷にわらじをぬぎました・・・』
『あんたさんと御同様、東京の空の下、ネオンきらめき、ジャンズ高鳴る花の都に、仮の住まい まかりあります。故あって、わたくし、親分子分持ちません』。
この決め台詞が無いと、「フーテンの寅さん」も締りが無いような気がする。

柴又は江戸川のすぐ近くなので演歌でも有名な「矢切の渡し」が近くにあり、江戸川を船で渡れば千葉県である。
柴又帝釈天門前商店街を進むと約200メートルほどで、「柴又帝釈天」に突き当たる。
この寺の正式名は日蓮宗の「経栄山 題経寺(きょうえいざん だいきょうじ)」というのを初めて知った。柴又に行ったことの無い人には私の説明と写真だけでは分かり難いので、ネットで調べたら面白いものがあった。それは外国人女性2人による柴又商店街の紹介YOUTUBEで、これを見るとかなり分かると思う。

最後になったが、「柴又帝釈天」の歴史を調べてみた。
「帝釈天」というのは『古代インドの雷神インドラが仏教に取り入れられた「天部」の神で、神々の王』である。
日蓮宗経栄山「題経寺」は、『1629年に下総中山法華経寺第19世禅那院により創建された。帝釈天が流行寺になる契機は、1779年の坂本尊の発見である。本堂改築の際に梁の上から、長い間行方不明だった・・・』
『宗祖日蓮が自ら刻んだと伝えられる帝釈天像の版木である坂本尊が発見された。この日が庚申であったため、以後、60年ごとに巡って来る庚申の日が縁日となった』と言われている。

(おまけの話)
【矢切の渡し】
柴又帝釈天の横を通って先へ進むと、すぐに江戸川の土手に出る。
土手に上ると広々とした光景が目の前に広がり、とても気持ちが良い。
「男はつらいよ」でこの場面が出て来る。寅さんと「さくら」が土手の斜面に坐り、2人で話をしている場面だ。
そこから100メートルくらい先に「矢切の渡し」が見えている。
私は以前に試しに乗ってみたが、向こう岸に着いても何も無い。そのまま帰って来るしかない。
「矢切の渡し」が有名になったのは、演歌歌手の細川たかしのヒット作「矢切の渡し」であろう。この歌が無ければ、ここまで有名にはならなかったと思う。

【うな重】
柴又帝釈天に向かう道路の商店街の名前は、「柴又帝釈天門前参道商店街」と長い名前である。「うなぎ屋」の「川千屋」は帝釈天に近い場所の左側にある。
「川魚一筋」で250年も営業している本物の老舗である。
私は柴又は大学時代に友人の家族に連れられて、帝釈天の先の料亭「川甚」に行ったのが最初だが、2021年に閉店してしまった。
その後、中高の同級生のSさんの案内で、「川千屋」に行くようになった。
彼は今では夫婦で高級老人ホームへ入ってしまった。冷酷な時が過ぎて行くと実感する。。

【草だんご】
柴又名物と言えば「草だんご」である。
この草団子屋が「寅さん」の実家という設定でストーリーは進むが、48作も制作された映画なので団子屋同士のもめ事を避けるために「高木屋」、「吉野屋」、「とらや」が、それぞれ「くるまや」として登場している。
「とらや」は明治20年の創業だが、「男はつらいよ」で第1作から第4作まで使われたので、創業時の「柴又屋」から「とらや」に店名を変えた。せっかくだからと思ったが私の贔屓は「高木屋」なので、そこで休みお土産に「草だんご」を買って帰った。

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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。
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シルバーパスを上手に利用して目的地まで無料で行くことを考えるのは老人にとっては良い頭の体操になりますね。柴又駅までの交通手段を見ると想像以上に複雑な経路を辿って行きました。シルバーパスを上手に利用した効果抜群です。これで200円足らずで目的地へ到着できたのは都心に交通網のなせる業と言えましょう。三多摩ではとてもかなわぬ所以です。
来週S君夫妻に会えますが、ランチはウナギ?寿司?と聞かれたが、今回は寿司としました。
現在の柴又帝釈天門前商店街も、高いビルなど立たずに、昔の風情を残している姿を見て安心しました。低い軒並み、巨大な商店看板、団子や草餅、庶民的な品を商いしている姿にとてもホッとさせられます。
寅さんは、渥美清という役者でこそ成り立ったキャラクターでしょうね。基本的筋書きは同じなのに、毎回実にうまいストーリー展開で、必ず見て良かった、という気持ちで映画館を後にしたものです。