ブログ閉鎖中の話題(2016年3月29日)
私がマンションで主宰しているデジカメクラブの新入会員の女性は、とても熱心にカメラに取り組んでいる。それまではマンネリ気味のデジカメクラブは会長の私が企画を出しても参加者が少なく、私もやる気が失せていたので助かった。

彼女のご主人はハッキリはしないが、どうもキャリア官僚のようだ。
『公務員です。早朝に出掛けて行って、深夜に家に帰って来る』と言っていたので、私が勝手にそう思っているだけかもしれない。そんなわけで暇を持て余して、カメラの世界に入って来たのかもしれない。

あまり「微に入り細にわたる」質問をしても失礼だと思うし、カメラとは関係ない。
そこで桜の季節を迎えて六義園の枝垂れ桜が有名なので、ライトアップされた桜を撮影する企画を立てた。
HPから「開花と満開」を知らせてくれるので、PCのアドレスを登録したのだが連絡が来ないので、25日に1人で下見に行った。

私にしては珍しくこの枝垂れ桜を見たことが無いので、事前の調査を含めてメンバーのために下見に出掛けて行った。25日は天気も良く、大勢の見物客が来ていた。
枝垂れ桜はソメイヨシノより開花が早いので、撮影予定日はピッタリだと感じた。
そしてメンバーを連れて来ても問題ないと感じたので、計画通りに28日に実行となった。

ところが前日の天気予報では、当日は生憎の小雨模様となった。
そこで撮影会は中止の連絡をし、私はそれなら観光客が少ないはずと思い、1人で小雨の中を現地に向かった。しかし天気予報が夕方から大きく外れ、晴天となった。

公園入口でシニア料金の150円を支払い、園内の門をくぐって驚いた。
そこには渋谷の雑踏なみの混雑があった。
警備員が何人もいて、「立ち止まらないで下さい」と叫び、「桜の花に触らないこと。自撮り棒は禁止」と書かれたプラカードを持っている。こんな花見は初めてだ。

白人のおばちゃんが2人で、代わりばんこに桜を背景に自分たちの写真を撮っていた。
そこで私は親切に「2人一緒に撮ってあげましょうか?」と英語で言った。
よく分からないようなのでゼスチャーで示したら分かり、すごく喜んで「グラッチェ、グラッチェ」と言った。彼女たちはイタリア人だったのだ。

カメラを返して私はその場を立ち去ったら、おばちゃんが追いかけて来た。
何かと思ったら、おばちゃんはハンドバッグからイタリアの飴を出して、私にくれたのである。「イタリア人のおばちゃんは関西のおばちゃんみたいだなー」と知ったのが、今回の夜桜撮影の収穫だった。今日も目標の「一日一善」が出来た。
(おまけの話)
六義園は巣鴨駅から歩いても10分くらいで行ける。
巣鴨に来ると、いつも私の学生時代を思い出す。もう52年も前のことになる。
私の学生時代には巣鴨に理化学研究所があったが、現在は埼玉県和光市に移転した。
そこはSTAP細胞で有名になった小保方晴子さんが所属していた研究所である。

今でもよく分らないが、STAP細胞はあるのではないか?・・・と私は思っている。
この事件には私は密かに、なにか怪しいものを感じている。
指導者の笹井教授の自殺、共同研究者の若山教授のダンマリ。
いつもマスコミは「持ち上げて」、そして「引き摺り下ろす」。

私は巣鴨で大学の担当教授の塑性加工の研究のお手伝いを、卒論として選んだのである。研究とは幾つもの失敗の連続の先に、新しい発見があるのが常である。
私の卒論のテーマであった「塑性加工」は、その後、日本の自動車メーカーと鉄鋼メーカーの発展に繋がった。
ただ私の研究ではなく、担当教授の研究であったのだが・・・。

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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。
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六義園・・・懐かしいですね・・・昔はよくそこの高い塀の周りを犬の散歩で歩きました。
10年を経過した「新入女性会員」さんのその後を知りたい。ドローンを駆使して空からの撮影に臨んでいた新進気鋭のカメラウーマンは今どうしているのだろうか? 官僚夫人というと海外への転勤かな?グループには女性の存在の効果は大きい。男性の参加率の向上には大きな効果をもたらすはずである???貴重な存在の女性会員を大切にしてもらいたい。
彼女は元気ですよー。現在は私の後を継いで、しっかりした会長です。
会の名前も「フォトサークル」になりました。
アチコチのフォトコンテストにも入選して、もう私達より遥か遠くに行ってしまいました。