ブログ閉鎖中の話題(2016年3月14日)
「古い奴だとお思いでしょうが、古い奴こそ新しいものを欲しがるものでございます。どこに新しいものがございましょう。生れた土地は荒れ放題、今の世の中、右も左も真っ暗闇じゃござんせんか」の語りでで始まる俳優の鶴田浩二の歌う、「傷だらけの人生」を知っている人はかなりの年齢のはずだ。

この歌は1970年に発表されて、大ヒットをした。その歌詞の一番は下記のものだが、「そうだった!」と思い出す人も多いだろう。「何から何まで 真っ暗闇よ 筋の通らぬことばかり。 右を向いても 左を見ても 馬鹿と阿呆の絡み合い どこに男の夢がある」。

・・・というわけで、なぜか鶴田浩二の話になってしまった。最近は脳の回路に変調をきたしたのか、突然のように古い記憶が蘇る。年をとったせいか、しかも古いものが好きなって来ている。古い寺、古い建物、古い町並み、古い仏像、骨董品などを見ると、なぜか心が落ち着く。でも古い食べ物だけは駄目だ。

ある日のことである。女房とその友人のバアチャンに誘われて、築地で寿司を食べた後に人形町の大観音寺に行った。毎月の11日と17日に、この寺のご本尊がご開帳になることを聞いたからだ。
大観音寺は人形町の大通りに面した商店街の途中にある小さな寺で、目立たないので気が付かない人も多い。

ご開帳が行われる11日に参拝に訪れたが、そこには誰もいない。靴を脱いで本殿に上がる。
そして間近かでご本尊を拝観する。
この首から上だけの仏像は明治初年の神仏分離の令により、鎌倉の鶴岡八幡宮が廃棄処分としたものを人形町の住人が由比ヶ浜で見付けて、船で持ち帰って現在の地に安置されたと言われている。

元は首の下もあったようだが、鎌倉の新清水寺にあった時の火災で焼失したらしい。だから本当はかなり大きな仏像だったので、寺の名前にも「大」を付けて大観音寺となった。
拝観の後は人形町の甘味処の名店「初音」で「お汁粉」を食べる。
これで帰ろうと思ったら、連れのバアチャンが「浅草に行こう」と言い出した。

人生の残り時間が少なくなったバアチャンの言うことは、聞いてあげなくてはいけない。六区に新しく出来た「まるごと にっぽん」という各県のアンテナショップが集まったような施設を見たいと言う。
ここは残念ながら、期待外れだった。浅草では新しいものは似合わない。

(おまけの話)
以前の浅草六区は寂れていて怪しげで、いかにも田舎者を騙しそうで危険な感じがした。
それが今では明るくなってしまい、大勢の観光客が来る町になっている。
ここで育ったタケシなどのお笑い界の大御所達は、これをどう思っているのだろうか?

でもよく探すと、横丁には古いままに取り残された路地や建物も残っているのが嬉しい。
名物の屋台は見た目は近代化されて衛生的になり、外国人観光客も飲んでいる。
競馬の開催日は場外馬券場があるので、身なりの悪いオヤジが予想紙を握って渋い顔をして歩いている。

浅草寺に向って歩いていたら、木馬座がはねて役者で出て来てファンと交流していた。
スマホで一緒に写真を撮ったり、握手をしたり、なにやら親しげに話をしている。
殆どが女性だが、若者からオババまでいるのには驚いた。
「温故知新」とはこれのことか?
タイトルで悩んでいたが、やっとここで繋がった。

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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。
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[バアチャン]と親しみを込めてこのブログへ登場される方はあれから10年経ちましたがお元気でしょうか? 大層なお金持ちである!と想像されますが、良いお友達であるH君ご夫妻との交流がほほえましいですね。 84歳を超えたブロガーさんが、バアチャンと呼ぶのですからかなりのお年と想像してます。何時までもお元気でお過ごしください。