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写真で見る東京(140)・・・浅草

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「浅草」は今までに何回も、このブログに登場させている。
だがネタ切れが起きた時の為にと、写真だけは残しておいた。
今回はその写真を載せて、簡単な説明だけとする。

浅草寺を背にして右方向を見ると、立派な五重塔が見える。
そのまた手前に青い鳩のアート作品があるのは知らなかった。
青色から想像して、材質は「銅」かもしれない。銅の値段が上がっているので、盗まれないか心配だ。

「五重塔と鳩の像」

浅草寺に向かって右側の並びに「浅草神社」がある。
「浅草寺」は「せんそうじ」であるが、「浅草神社」は「あさくさじんじゃ」である。
地名は「あさくさ」なのであるから、「浅草寺」が「あさくさてら」にすべきだったのではないか?

そこが疑問で調べてみたら、『お寺の名前は音読みで読む習慣があるためです。神道では「あさくさじんじゃ」と読むのは、仏教と神道の違いに由来します』とあった。

葛飾北斎の浮世「神奈川沖浪」を提灯で表した(浅草神社)

浅草寺に向かって左へ行くと、「西参道」の商店街に入る。  
殆どの店が「お土産」を売っているか、立ち食いの店である。

ここに来る観光客は少なく、もう1本右側の道を行けば「花やしき」という日本一小さな遊園地と、その会社が経営している飲食街があり賑わっている。ちょっとしたことで、人の流れは変わるものだと感じる。

 浅草寺「西参道」商店街

「西参道」を抜けて、更に進むと場外馬券場「WINS」があり、その向こう側が「六区」である。この通りにある落語を楽しめる「浅草演芸ホール」、エノケン、ロッパ、ビート・タケシなどを生んだ「東洋館」などがある。

最近は外国人観光客もここまで来るようになり、以前と雰囲気が変って来た。
人力車がガイドするコースにもなっているようで、次々とやって来る。
若い女性の車夫もいて、かなり稼ぎが良いようだ。

  人力車は大繁盛

六区を左に進み、新仲見世通りに入る。途中を左に入ると、オレンジ通りである。
するとオレンジ色のキャラクターが立っている。
今までに何度も見ているが、なんだか分からなかったし興味も無かった。

今回のブログのために調べてみたら、なんとそれは「手の平」だった。
彼は『浅草公会堂前のスターの手形と職人の手を意識して生まれた、浅草オレンジ通りのキャラクター「オレンテくん」』だそうだ。

続けて『パーの状態で開いた手。そのユニークなキャラクターは、短い指と笑ったようなマスカケ線(強運の手相)といった不思議な感じが意外と人気を集めている』とあった。

郵便ポストの「オレンテくん」

「オレンテくん」のすぐ先に「浅草公会堂」がある。
道路に面した立て看板のようなところと、地面に浅草に関係あるスターの手形が並んでいる。これはハリウッドのチャイニーズ・シアターの真似だろうと思う。

いまは亡きスターが多いし、私の年代には懐かしい名前が並んでいる。
写真には「三遊亭 金馬」、「波乃 久理子」、「林家 木久蔵」の名前が見える。

 「スターの手形」(浅草公会堂前)

「浅草演芸場」の前を通り過ぎ、突き当りが「伝法院通り」である。
ここを右に曲がり進むと仲見世通りに出る。
この通りの左側には土産物屋や買い食い店が並んでいるが、これが問題となっている場所である。

これらの店32店が区道を不法占拠しているとして、区が建物の撤去と土地の明け渡しを求めた訴訟を起こし、東京地裁で和解が成立し2026年7月末までに立ち退くことになった。

地裁が示した和解案は『店舗側は占用料相当金として800万円を連帯して区側に支払う』というものだった。しかし40年間も不法占拠していた地代としては安過ぎると思う。一方で40年も放置していた区側も問題だ。

 店のシャッターは浮世絵(ここは不法占拠の店ではない)

(おまけの話)【六区】
「ろっく」と発音すると、英語の「ロック」を想像する。
しかしこれは明治時代に浅草公園の区画整理で「第六区画」とされたことに由来し、現在は「六区ブロードウェイ」と呼ばれている。

かなり前のことだが、六区が寂れていた時がある。
その時に立ち上がったのが浅草の女将さんたちで、サンバカーニバルなどというとんでもないことを始めた他、色々なイベントを開催して活気づけた結果がいまである。

六区ブロードウェイも賑やかになり、昔ながらの演芸場などの他に「ユニクロ」や「オーケーストア」、食べ放題の「焼肉きんぐ」もある。

 看板(1)

六区ブロードウェイには立て看板がいくつもあり、ここに描かれた絵と文章が面白い。
『飲み過ぎたー。でも薬を飲んだらまた飲める』、『この1つ 食べてしまえば残る幸せ あと4つ』、『セクシーに踊る姿にロックオン』。

これらの立て看板は近くの店の前に立っている。
『飲み過ぎた・・・』は薬屋の前、『この1つ・・・』はローソンの前、『セクシーに・・・」は浅草ロック座前という具合だ。ここを通る度に、知っているのにまた読んでしまう。

 看板(2)

六区ブロードウェイの突き当りは「ひさご通り」で、入口に贔屓のラーメン屋「めんまる」がある。安いし、道端で食べる雰囲気が台湾やベトナムを思い出させてくれて、私は好きなのである。

ここが休みだと仕方なく「福しん」に行くが、こちらは100円高くラーメンが500円である。
反対方面に進むと「寿司屋通り」であるが、昔はこの100メートル足らずの場所に18軒もの寿司屋があったそうだ。それが今ではたった2軒になってしまっている。

そのままアーケードを抜けると雷門通りに突き当たる。
そこを左に曲がると、間もなく「雷門」前に出る。

 看板(3)

    

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伊達季節移住のススメ

心の伊達市民 第一号

北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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コメント(2件)

  • 今、浅草が元気である!この「賑わい」が元気を産むことは言うまでもないが、ブログを読んで感じたことは単に立地条件が良かったというのではなく、地元住民の限りない努力が見えてくる。
    浅草にサンバカーニバルを持ち込んだの地元の女将さん達と聞いてこれはすごいことだと感心している。 「為せば成る」を見事に実践したのであろう。

  • 浅草は寂れた時期もありましたが、やはり昔の雰囲気や人のぬくみを感じさせてくれる所が、不滅の原因だと思います。真新しい巨大プロジェクト(麻布台ヒルズとか)よりも、少し酔っ払って歩ける所が、人間には居心地が良く、その界隈も長生きするのでしょう。

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