かなり前にベトナム人のhanh(ハン)さんから連絡があった。
彼は私が現役の時に、私の会社で働いてくれた実習生である。
3年の勤務を終えて帰国し、その後、ホーチミン市で工場を立ち上げた。
私もその工場に行ったことがあり、記念に工場の前にマンゴーの木を植樹した。
彼が今年になりまた日本にやって来て、「埼玉県の会社で働いているが、東京に遊びに来たい』と連絡があった。そこで私は一日を楽しめる企画をしたところ、私の会社で役員をやっていた男(K)も誘って来た。

Kさんは私の会社にとってはとても重要な仕事をしてくれていて、彼のお陰もあってある部門が成長した。
私が会社を売却して引退した時に、彼はその部門を持って独立を果たし社長になった。
その意味では、私はKさんに「恩返し」が出来たと思っている。
10月14日(水)にJR有楽町駅で3人で待ち合わせたが、やはりベトナム人特有の遅刻をした。ベトナムは南国のせいか、時間にルーズな人が多いように感じている。
3人が揃ったところで、私が贔屓にしている中華料理店「Joe’s Shanghai NY」に行った。

この日の計画は「ランチ」→「ゆりかもめで芝浦埠頭下車」→「レインボーブリッジを徒歩で渡る」→「お台場で休憩」→「PALETTE RIDEに乗る」→「東京ビッグサイトまで歩く」→「東京BRTに乗って新橋駅まで行く」→「新橋駅で解散」である。
このコースは私は気に入っていて、今までに何回も企画し行っている。
ランチを終えて、JR山手線の線路の下の「有楽町産直横丁」とお洒落な建物「HIBIYA OKUROJI」を歩いて新橋まで行く。新橋から「ゆりかもめ」に乗り芝浦埠頭で下車し、レインボーブリッジに向かう。
エレベーターで7階に上がり、そこからお台場に向けて歩き出す。

Kさんは埼玉県に会社と住まいがあるので、常に車に乗っている。
ハンさんはベトナムではいつもバイクである。
だから2人共あまり歩かない生活をしているので、高齢者の私より足腰は弱いようだ。
レインボーブリッジでゆっくりと写真を撮ったり、遠くの光景を説明しながら歩いて行く。
誰も行き交う人はいない。右側をゴーゴーと音を立てて大型トラックが通り過ぎて行く。
時々、中央を「ゆりかもめ」が通過して行く。40分くらいでお台場に着いた。

2人は少し疲れたようなので、お台場海岸に面したカフェで休みソフトクリームを食べる。そして話は会社の状況、業界の話、私の知っていた人達の消息などに進んで行く。
Kさんは今年で後期高齢者となり会社の後継者がいないので、そろそろ会社の売却を考えている。コンサルタントを雇って、具体的な話も進めるつもりのようだ。
彼も私と同じ道を進みそうだ。
ハンさんは18歳になる息子を早稲田大学の外国人コースに入れたいようだが、最近はかなりレベルが上がり入学が難しくなったと話していた。
ここでしばらく休んでから、先を急ぐことにした。
「ユニコーン・ガンダム」の解体は終っていると思っていたら、片足だけ残っていた。

マンションに越して来てから知り合いになった友人たちと違い、一緒に働いた仲間なので話が合う。私は何度も来ている場所なので珍しくもないが、2人にとっては初めての場所なので興味津々である。
途中で「PALETTE RIDE」に乗り、「夢の大橋」から東京ビッグサイトまでは歩いた。
今回のイベントで、私はなぜか現役時代に戻ったような気分になった。
そして人生を豊かにしてくれるのは、「人との出会い」だとしみじみ思うのである。
この日の万歩計は1万4118歩を示していた。

(おまけの話)
今回の3人が一緒に働いていたのは今から23年前で、思い出せば色々なことがあった。
Kさんは昔気質の男でやせ形で、責任感が強く、必要なら徹夜も厭わなかった。
まだ若かった頃の話だが、ある時、彼は私に『給料が安いので、会社を辞めたい』と言った。私は彼がいなくなると困るのだが、引き留めることをせず提案をした。
『辞めるのはいつでもできるのだから、その前に職安に行ってみなさい』と言った。
Kさんは職安から帰って来て、『いまの給料はあなたの仕事なら高いですと言われた』と言って、その後はなお頑張って働いてくれた。

ハンさんは、私の会社で初めて採用したベトナム人実習生だった。
このブログにもよく登場するESUHAI社のS社長が日本の大学卒業後、ベトナム人を紹介する日本企業に就職をした。ある時、S社長は飛び込み営業で、私の会社にやって来た。
その頃は特にベトナム人実習生を必要としていなかったが、面白そうなので2人の採用を決めた。そしてホーチミン市に行って10人の候補者と面接し、2人を採用した中の1人がハンさんだった。
なぜ彼を採用したかというと、彼だけが大学を卒業していたのである。

私がベトナムと関わるようになり、もう26年にもなる。
初めてベトナムに行ったのは地元の視察と称する団体旅行で、今から50年以上も前のことだった。
ハンさんを採用してからは何度もベトナムに行っているので、その発展状況をよく知っている。人生とは面白いもので、S社長が飛び込み営業に来なければ今の私とベトナムの関係は無い。
10年以上前には私は3ヵ月間ホーチミン市に滞在し、日本語学校で飛入り日本語教師をやったり、若い女生徒の田舎に行き電気も水道もないところに泊まったり、東京で彼女達を観光案内したりと普通の人が経験できないこともした。その間には色々と面倒なこともあったが、それでも彼らのお陰で私の人生は豊かになったと感じている。

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