MENU

そう来たか、よーし……

19

「結構自覚症状がありましたかね。」

札幌の循環器専門病院。医者はしばらく黙って心電図の記録を見ていた。その沈黙が長い。言いにくいことを整理しているような間だった。そして顔を上げずにそう言った。
それは質問ではなく、確認だった。

「いや、動悸とか眩暈とか、そういうのは特に……」

「不整脈、結構頻繁に出ていますね。心拍数もかなり上がっているときがあります。」

数値で示されてしまえば、信じるしかない。自分でもわからないうちに胸の奥で、自分の知らないことが二週間ずっと起きていたらしい。

話はその三日前に戻る。

その日は九月の神社例大祭の準備をしていく打ち合わせがあった。そこで実行委員会のメンバーが集まり、祭りの人集めの話をした。今年も手伝いをお願いする人について話が及ぶと、あの人は不整脈で今度手術を受けるから、今年の手伝いは無理という報告があった。すると、集まったメンバーの中からも「自分も不整脈で再検査になった」というような声があがった。
実は俺も、つい最近、年に一度の健康診断で不整脈が出ていた。念のためちゃんと再検査しなさいと医者に促され、面倒だったが札幌の循環器専門病院を自分で探して行くと、そこでホルターをつけられた。二週間、胸に電極を貼りっぱなしにする。シャワーは浴びられるが、塩水の海には出られず、大好きなカヤックができない。つけているとだんだんとテープの縁が痒くなってくる。とにかくシャツの下のこのホルターは邪魔でしょうがなかった。先日、再び札幌でそれをようやく外して、結果待ちの状態だった。
だからその日の会話は、俺に関する話でもあったはずだ。それなのに自覚症状もなかった俺はどうも自分事として聞こえてこなかった。

翌日、その手術待ちの彼の家に行った。神輿渡御で使う車両の車検証をもらうためだ。彼は俺より七つ上になる。彼の話によると、仕事中はまったく自覚症状はなかったが、夜寝る時にどうも息苦しいのが続くので、かかりつけの医者に行ったら、不整脈が原因で肺に水が溜まっていることがわかり、即入院。その後、退院して札幌の病院を紹介してもらい、手術の順番待ちという状況だとのことだった。
俺は「いろいろと大変でしたね……」と言いながら、自覚症状がなくても手術になるのかと少しびっくりした。

そしてその翌日が二週間の検査結果の診断の日だった。

頻繁な不整脈の症状。その診断の結果は自覚症状もない自分にとっては受け入れ難かった。治療としては投薬療法という手もあるが、根治治療にはならない。医者はこう言った。
「治す気があるのだったら、手術でしょう。やるなら早いほうがいい。放っておくと手術も有効ではなくなります。まあ患者のあなたが決めることだけどもね。」

もちろん強要されてはいないのだけども、それでもなんか脅されている気分になった。実際、脅していたのだと思う。

だが俺は、「では手術を」と即答できなかった。一ヶ月後に出された薬の副作用を見る検診の際に返事をすることにして病院をあとにした。

六十年以上生きて、まだ入院も手術も経験がない。いよいよ自分も病院のお世話になるのか。大した手術ではないと思っても、初めてとなるといろいろと考えてしまう。

車で待っていてくれたカミさんに話をすると、びっくりし、みるみる不安そうな顔になった。多分彼女にとっても想定外の結果だったのだと思う。たまたま夏休みで帰省していた末娘も「えー!大丈夫なの?」ととても心配をしてきた。二人の前でオタオタしている姿を見せることもできないので、平然とした顔をして冷静に説明を繰り返した。そんなふうに家族に話をしているうちに、実際、別に大したことではないように思えてきた。手術による血栓症、心臓の壁の損傷、心不全。確かに調べれば調べるほど不安になるが、悪いことばかり気にしてもしょうがない。それに今の俺がいなくなっても、みんななんとかするわけだから。

さっさく翌日、病院に電話をかけた。そして手術を受けたい旨を伝えながら、次回にはその前提でできるだけの検査段取りを希望した。

ホルターをつけていた間は海に出られなかった。
シーカヤックで大きな波が来たときは逃げるのが一番危ない。避けようとするとひっくり返されて沈む。だから艇を立てて波に向かう。波の壁を前にしたら「来たな!よーし……」と声が出る。

今は早く初めての入院と手術を体験してみたい気持ちでいっぱいだ。

突っ込め!

\ この記事をシェアする /

犬と暮らしとカヤックと

kayaker

豊浦町でワンコたちと暮らし、たまに海で遊ぶ日常をつづります。

アクセス総数
52,945回

コメントはまだありません。

コメントを書く


kayakerTOPページに戻る