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神輿がやって来た

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佃の住吉神社の本祭り(通称・佃祭り)が、8月6日(木)~10日(日)の5日間で行われた。この神社の本祭りは3年に1度の開催で、今年がその年に当たる。
少し前の「江戸祭囃子」がマンション内で行われた時に私はカメラマンを頼まれたが、今回も自治会から撮影を頼まれた。

3日目の8日(土)には、神輿はマンションの玄関先まで入って来る。そこを撮影して欲しいようだ。玄関先まで来るのだから、接待の準備も行われる。

私は今回の祭りでは5日間の撮影をしようと考えて、先ずは初日の6日に住吉神社に行ってみた。すると神社の狛犬は神輿で壊されないように、既に木の枠で囲まれていた。

 木の枠で囲われた「狛犬」

今回の「佃祭り」の予定は次のようになっている。
8月6日(木)     御旅所大祭式
8月7日(金)     大幟旗掲揚・参拝式
8月8日(土)     獅子頭拝殿搬入・清祓い・宮出し、各町内の神輿巡行、宮神輿御霊還し
8月9日(日)     出社祭・宮神輿宮出し、船渡御、宮神輿巡行、宮神輿御旅所着
8月10日(月)     町内神輿巡行、宮神輿宮入、御霊還し・帰社祭、大締め

6日に住吉神社に行ったのに、既に7日の予定の「大幟旗掲揚」は6本の内の2本は完成、2本は作業中、残りの2本はまだだった。

  既に掲揚されていた2本の「大幟旗」

次の3年後の例祭には私はこの世にいるかどうか分からないので、これがたぶん最後だろう。8月7日の予定の「大幟旗掲揚」は6日の内に済ませたようなので、この日の私はお休みだ。そこで私の住むマンションの近くの、住吉神社の「御旅所(おたびしょ)」の写真を撮りに行った。

「御旅所」というのは、本社の神様が祭りなどで出掛ける時に宿泊する旅館のようなものである。だからその時は、本社に神様は不在となる。
宮神輿に乗った神様は9日に宿泊なので、7日はまだ何も起きていなかった。

晴海には住吉神社の「分社」があると分かり、そこを見に行ってみたら石造りの囲まれた場所で社も無かった。

 「御旅所」(住吉神社・勝どき)

8月8日(土)は「獅子頭」と「町内神輿」の巡行が行われる。
予定では午前9時40分に獅子頭の「清祓い」を行い、11時に町内神輿と一緒に佃方面から御旅所に向かう。獅子頭と町内神輿の巡行が佃から始まると思っていたら、勝どき交差点の先では既に町内神輿の巡行が始まっていた。

月島に行くと清澄通りを多くの神輿が町内順に巡行中で、消防団が出動して消火用ホースで盛大に神輿と担ぎ手に水をかけていた。住吉神社に行ったら獅子頭の宮出しの行事をやっていて、暑さの為に熱中症で救急車で運ばれたオバサンがいた。

月島・佃は古い町なので町中が祭一色になっていて、どこから湧いて来たのか若者が多い。午後3時30分に町内神輿が私の住むマンションにやって来るが、この時の話は(おまけの話)に譲る。

8月9日(日)は「船渡御」が行われたが、この話も(おまけの話)に譲る。
住吉神社を取り巻く町には「壱番町」、「弐番町」、「参番町」があり、この辺りが昔からの氏子町のようで、住吉神社の祭りを取り仕切る「佃住吉講」を組織している。

午前11時に宮神輿が壱番町が巡行すると知り出掛けて行った。
弐番町を巡行し参番町から来た宮神輿は、壱番町に引き渡される。
壱番町は住吉神社に一番近い地区で、そのために狭い場所に家が建て込んでいる。

隅田川沿いを進んだ宮神輿は右へ曲がり住吉神社へ向かうのだが、道路が狭くて簡単には曲がれない。「わっしょい。わっしょい」の掛け声は元気で大きいが、宮神輿を家にぶつけないように静かに進む。

狭い路地から住吉神社に入る。

8月10日は最終日で、午後3時から「町内神輿」の巡行が行われる。
10日午前6時に部屋の窓から「御旅所」を見たら、宮神輿が見えたのですぐに着替えて写真を撮りに行った。

その後の午前中は宮神輿の町内巡行となるが、暑いのでその後は付き合わなかった。
午後3時から町内神輿の巡行があるが、私の勝手な想像で「担ぎ手にサラリーマンが多いので、勤務を考えたから」ではないだろうか?

その後、午後6時50分に世話人・大若集が佃住吉講の前に集合して、宮神輿を奉迎後、宮入りとなる。午後8時30分頃に「御霊還し・帰社祭」を行い、講元発声の大締めで大祭行事は終了となる。これに全て付き合っていたら熱中症で倒れてしまうから、所々だけ写真を撮って早々に家に戻った。

 「御旅所」に宿泊した「宮神輿」(午前6時頃)

(おまけの話)【神輿がやって来た】
8月8日(土)午後3時30分に、いよいよ神輿が「御旅所」からマンションにやって来た。
時間前に部屋の窓から下を見ていたら、神輿が「御旅所」に向かうところが小さく見えた。神輿は「宮神輿」ではなく、町内神輿である。

マンションの一角に接待所を設けて、自治会の人達が接待していた。
私はカメラマンなので腕章を付けて、少し早目に行って良い場所の確保を狙ったが、撮影結果はあまり良くなかった。

道路からマンションの構内に入るところを撮影しようと思っていたのだが、そこでは神輿に近過ぎた。そこで中に進み神輿が休憩する前の、「わっしょい! わっしょい!」の掛け声での「練り」の場面を動画撮影した。

「船渡御」9日(日)
午前7時にリバーシティ佃公園テラスから、宮神輿や宮司などを乗せた船が晴海の先の海に向かう。いつもより早目に猫に餌をやってから、私は7時頃に築地大橋の上に行って船渡御を待った。

それを見ようと集まった人はたったの4人で、その中の1人のカメラを2台も持った男と話をした。そうこうしている内に勝鬨橋方面から、「船渡御」の船団が見えて来たので写真と動画を撮った。船渡御は呆気なく、橋の下を潜って去って行った。

確認の為に動画をチェックしたら、夕方のように暗い画像だった。私は事前に絞りをチェックしなかった失敗である。2つのことを同時しようとすると、1つは失敗するようになった。朝早くから出掛けて来たのに、自分で自分のバカさ加減に呆れている。

「船渡御」【隅田川)

この宮神輿は八角形をした珍しい形で、神輿は各地区の氏子の町内を巡行するので、その都度、その町へ引き継ぐ必要がある。
私は初めて見たのだが、参番町の担ぎ手から壱番町へ引き継ぐ時に儀式があった。

参番町の神輿を所定の場所で止めて、台の上に乗せて参番町の担ぎ手が手締めを行う。
その様子を50メートルほど離れた場所で、壱番町の若者達が見ている。
合図と共に一斉に駆け出して、われ先に宮神輿に取り付く。この意味は分からないが、見ていて面白い。

宮神輿は壱番町の巡行を終えるとトラックに乗せられて、御旅所に運ばれる。
その後、晴海、勝どきを巡行し、夜8時近くに宮神輿は「御旅所」に着き、神様はその夜はここで宿泊となる。

八角形の「宮神輿」を担ぐ壱番町の若者たち 

今回のブログを書く上で、祭りの「しきたり」や単語や意味も覚えた。
「御旅所」、「大幟旗」、「獅子頭」、「宮神輿」、「船渡御」、「宮入」、「巡行」、「出輦・着輦」などである。

住吉神社にもあるが、神社には獅子頭があるところが多いが、『なぜなんだろう?』と思い調べてみた。すると『獅子頭は獅子舞の時に使う頭で、「災厄を祓い、幸福をもたらす」と言われ大変に縁起の良いものだった。

しかし日本には獅子(ライオン)はいなかったのに、なぜこんなに広まったのかは疑問のままである。5日間の写真撮影をして「祭は日本の伝統文化が詰まっている」ので、ず~と続けて欲しいと願った。
しかし見ているだけでも危険なほどの暑さなので、担ぎ手のことも考えて祭りを秋に移した方が良いのでは?

 「勝どき地区の獅子頭」

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伊達季節移住のススメ

心の伊達市民 第一号

北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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コメント(2件)

  • 運河の街・江戸の名残を彷彿とさせる「佃祭り」には日本の魅力が詰まっています。台舟に乗って運河を渡る神輿が興味深く、遠くに聞こえるお囃子の太鼓の音に郷愁を覚えます。

  • 相変わらずすごい盛り上がりを感じられる伝統的なお祭りのようで、人不足の田舎としてはうらやましい限りです。こちらでは祭りの人集めに奔走中です。
    そして都会の殺人的な暑さの中で、待ったなしの現場の結果がすべての難しさを体験されましたね。笑
    普通の人はできあがりの作品を見て、よく撮れて当たり前と考えてくれるので、結果を出さないといけない方としてはこれを仕事にすると本当に割が合わないものです。写真なども自分で撮ってみて、初めてその難しさを理解できるようになりますもんね。

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