ブログ閉鎖中の話題(2016年6月3日)
3日目は特に予定が無かった。
私は1人で女房たちとは別の部屋に宿泊しているので、早起きして散歩に出掛けた。
ホテルの目の前に高松城跡を利用した玉藻公園がある。
そこへ行って驚いた。午前5時30分から係員がいて、有料オープンしている。

幸いに「65歳以上は無料」となっており、ゆっくりと散策したが、既に観光客が3人も来ていた。隣が高松港なので、そこまで行ってみた。
船の行き先を書いた看板に「鬼が島」とあった。
それは、あの日本昔話の「桃太郎」の話に出て来る鬼ヶ島のようだった。

午前10時発の船があると知り、ホテルに戻り「鬼が島に行くぞー」と家族に伝える。
フェリーが高松港を出たと思ったら、すぐに鬼ヶ島に着いた。たった20分の船旅だった。
鬼ヶ島は正式には女木島(おなぎじま)と言う。

人口は約100人で、自動車は10台だけである。
到着するとオンボロ・バスが待っていて、鬼の洞窟まで運んでくれる。
たまたまこの日は写真同好会の10名くらいが一緒のバスだったが、その他は我々だけだ。あのグループがいなければ、我々3人しか、この船の観光客はいなかったのである。

バスは10分ほどで小山の中腹の駐車場に着く。
そこから5分ほど徒歩で山道を登ると、鬼の洞窟入り口となる。
洞くつ前にはボランティアの説明員がいて、我々3人の為に洞窟内を案内してくれる。

洞くつはどうということも無いが、中にはアチコチにアニメチックな鬼が飾られている。
また香川県の小学生が自分たちで作ったという鬼瓦が、2000個以上も飾られている。
説明員が訛りのある言葉で話すので、いまひとつ分かり難いところがあるが面白かった。

瀬戸内海の島は直島で知られるように、芸術の島を売り出している。春・夏・秋の3回の芸術祭が瀬戸内海の15の島々で開催されているが、私たちが行った時は春の芸術祭が終ったばかりで、その名残が見られた。
帰りのフェリーの時間までに1時間半以上もあったが島には食堂も店も無く、フェリー乗り場の食堂は定休日だった。「なんにも無い」という経験を久しぶりにして心地良かった。

(おまけの話)
今回の旅の総括である。
*今回行った愛媛県、香川県は瀬戸内海に面しているせいか、気温が高かったが海風が吹いて爽やかで気持ち良かった。 空気も美味しい。
・道後温泉は昔に行ったので殆ど記憶に無かったが、古い建物は思ったより良かった。
・坊ちゃん列車は「乗るより、見た方が良い」と分かった。

*ベトナム人実習生に会い彼女達の日本での生活を知り、その節約ぶりに驚いた。
・食費は1ヶ月に1万円、500円以上のものは買わない。
・残業が多く収入は12~14万円/月になるが、日本語の勉強をする時間が無い。
・ベトナムに戻った時に、どんな仕事、生活をするか悩んでいる。

*色々な交通機関を利用した。
・飛行機、リムジンバス、市電、JR特急列車、フェリーボート、琴電、タクシー。
・色々な乗り物の時間表を調べ、自分で作る旅は楽しい。旅は自前に限る。
・私の計画に乗るだけの家族は、その割には感謝していない。
でも、高松では昼、夜、朝、昼、空港でと、5回も本場の讃岐うどんを食べて満足の旅だった。

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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。
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『私の計画に乗るだけの家族は、その割には感謝していない。』
この文言にはドキっとした。我々「都心を歩かない会」の企画・立案・実行の全てを彼に担ってもらっているから。
何時の間にかそれが当たり前の様な気がしている。
企画を考えるにはいろいろと考慮しなければならない条件をクリアーし、前もってランチの試食までしてくれている。当日は我儘なわれわれの行動を監視しながら各所に連れて行かねばならない。疲れ具合を見ながら行程を省略することもある。甘味処を最後に加えるのも幹事の重要な仕事である。
最後に満足気な参加者の笑顔が幹事へのご褒美となる。そんな損な役割を既に何年も続けてくれる彼への「感謝」を我々は忘れていない。