■駒ヶ岳の幽霊馬
最近、北海道のネタ少なかったんで、今回は、私が経験したちょっと変わった話を掲載しようと思います。駒ヶ岳って、函館方面に行ったらありますよね?昔、昭和50年代の事…何となく、フラッ~と大沼のほうへ、一人で出かかけた時の事なんですけど…。
フッと、馬の嘶きが聴こえた…。最初は、空耳か?くらいに思ったのだけど、2回目は、はっきりと聴こえたもので、近くに牧場でもあるのかなぁ?くらい思って、草原に突き出たちょっと大きめの岩に登って辺りを見回してみたけども、見渡す限りに草原が広がっているだけで、牧場らしいものは、全然見られない…。
でも、さっきからどことなく馬の足音と寂しそうな悲しそうな嘶きが聴こえているんですよ…。「やっぱり、気のせいか…?」くらい思って、岩を降りかけたその時!突然!ハッキリと目の前で、ヒヒーィンと馬の嘶きが聴こえた!と思ったら、3頭の馬が、狂ったようにパカッパカッと駆け抜けて行ったんですわ…。当然、馬が本当の馬なら、私にぶち当たるはずなんですけど、私の身体をすり抜けて行ったんです…。夕日に染まって来た駒ヶ岳の山頂を目指すかのように、遠ざかり、消えて行ってしまったんです。

室町時代の終わり頃、北海道のその当時は蝦夷ですね。松前に疫病が流行ったり、嵐で漁船が沈む等の災いが続きはじめ、あるまじない師に占わせると、災いを鎮めるためには若い女の命を海神に捧げなければダメだ!という。そこで領主の相原季胤(あいはら すえたね)は、アイヌの村を襲って数十人の娘をさらい、いけにえとして海に投げ込んでしまったのだという…。
怒ったアイヌたちは、さっそく軍団を組むと相原の館に押し寄せた!戦いはアイヌ軍が圧倒的に優勢で、勝てない!と思った季胤は、二人の娘を連れて馬に乗り、ひそかに館を脱出した。
しかし、大沼まで来たところでアイヌ軍に追いつかれ、もはやこれまで…と、娘共々沼に身を投げて死んだという…。この時、3人が乗り捨てた馬は、悲しい嘶きを上げながら沼を泳ぎ渡り、対岸にそびえる山に駆け登って行方を絶った…。

以来、その山は”駒ヶ岳”と呼ばれるようになったそうで…。その事件があった7月の頃になると、毎年、馬の足音と悲しげな嘶きが裾野にこだまするんだと!この馬は、姿は見えなくても、時には足音と嘶きが湖畔にまで聞こえ、沼の水が怪しく波立ったほどだったという…。
実は、現在でもさすがに毎年とはいかなくても、7月になると、この伝説を追って、駒ヶ岳に来るお客さんの姿もチラホラいるそうですよ…。
私みたいに、体験してみたい方は、7月駒ヶ岳と大沼行ってみては…?