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[2020.05.04]
■飛び不動を見に行く 
(2020年2月15日) 
 
引退したオヤジが「現役の時には我慢をして、もう充分に働いたのだから、あとは我慢をしない人生を送りたい」と言う言葉を聞く。 
その気持ちは分る。 
 
だから駅やスーパーでいい年をしたオヤジが、何が気に入らないのか怒鳴っている姿を見る。 
私は今までもそうだが、引退してからも怒鳴ったことは無い。 
 
「正宝院」、通称「飛び地蔵」は参道が狭過ぎる。 


もちろん私は女房を怒鳴ったりはしない。外でも怒鳴らない。 
その分、少し皮肉は言うかもしれないが・・・。 
 
築地本願寺の教養講座で、坊さんが言っていた言葉を怒鳴るオヤジに聞かせたい。それは「自分は我慢していない代りに、周りが我慢しているのです」。私も「その通り」だと思う。 
 
飛び不動尊の本堂。 
 
 
外に出ると気分も良いし、珍しいものにも出会える。 
また1日6〜7000歩は歩くので、健康維持にも役立っている。 
多い日は1万歩も歩いて、疲れ果ててしまう時もある。 
 
そこで今回は私の好きな浅草へ、新型コロナウィルスの影響がどんなものかと観光客の様子を見に行った。 
 
「飛ぶ」に掛けたお守りが色々と売られていた。 
 
 
とりあえず新聞で見た「正宝院」に行ってみた。東武浅草駅前から、都バスで5停留所である。ここは通称「飛び不動尊」と言われている。 
 
その謂れが面白い。説明文によると【天台宗系単立の正宝院は、龍光山三高寺と号します。正宝院は、1530年の創建といわれる修験寺院です】。 
 
【当寺の住職が大和国大峰山に不動尊像を持って修行に行ったところ、 
一夜にして当地へ飛び帰り、人々に御利益を授けたこと江戸時代初期には「飛不動」と通称されていたと言います】とあった。 
 
「鷲(おおとり)神社」は熊手発祥の神社。(酉の市の日は大混雑になる) 
 
 
浅草の飛び地蔵尊の正宝院に来てみて気が付いた。 
以前に来たことがあった。 
入口は家と家に挟まれた狭い参道になっていて、奥に行くと少しだけ広くなっている。 
 
この寺は商売熱心で、飛び地蔵に掛けて「航空安全お守り」とか、極端なのは「ゴルフお守り」が売られている。もしかして「お守りで飛び過ぎたゴルフボールで、他人にケガをさせないように」というのだろうか? 
 
鷲神社の「なでおかめ」 
(鼻をなでると金運、おでこをなでれば賢くなる) 
 
 
正宝院を出て、帰りは浅草まで歩いて帰ることにした。「鷲神社」はすぐ近くだった。ここは「酉の市」では日本一有名で、初めて熊手を売り出した神社でもある。 
 
簡単にお参りをして先に進むのだが、この裏手が昔の「吉原」であり、今は風俗店が乱立している。そこを通ったら、昼前なのに客引きに手招きされたので慌てて逃げた。 
 
その先に進むと奥浅草で、私の贔屓の「大学芋屋」の「千葉屋」があるが、今日は休みだった。 
 
ひさご通りの「メンマル」のラーメンは330円。 
 
 
道路を渡り「ひさご通り」に入る。すると「らーめん・330円」という看板が目に入った。「本当かよー?」と思った。 
 
話のタネにと、店に入ってみた。味はまぁまぁで、値段に驚く。「犬も歩けば棒に当る」じゃないが、「ジジイも歩けばバカ安ラーメンに当る」であった。 
 
ラーメンを食べた後に浅草寺に向かったら、新型コロナウィルスの影響で本殿前の人出は、正常な時の5分の1くらいだった。これ以上、やることも無いので、鯛焼きを買って家に戻った。 
 
宝蔵門(浅草寺)から本堂を見る。 
 
 
(おまけの話) 
「飛び不動」にお参りして初めて知ったが、このお寺は天台宗の系統だった。天台宗と言えば、「ハワイの和尚」を思い出さずにはいられない。 
 
私が仏像彫刻の教室に通っていた時に、先生に「教室がもっと活気が出るようなイベントでもしませんか?」と言った。 
 
先生は「なにかありますか?」と聞いたので、「ハワイで仏像展をしませんか?」と、とんでもないことを提案した。 
 
荒 了寛和尚の絵説法(1) 
 
 
その後、私のツテを頼って先生とハワイに下見に行き、その後で晴れてハワイで仏像展を開催したのである。その時に大変にお世話になったのが、ハワイの和尚である「天台宗ハワイ別院」の荒 了寛大僧正だった。 
 
天台宗はハワイには足がかりが無かったので、荒 了寛大僧正は苦労をされて、「絵説法」という方法で日本語と英語の説法を簡単な文章にして自分で描いた絵に付けて売ったのである。 
 
荒 了寛和尚の絵説法(2) 
 
 
当時も既にかなりの高齢だったので、気になってネットで「荒 了寛」と検索してみた。そして思いも掛けず、荒 了寛大僧正が昨年の1月に亡くなっていたことを知ったのである。 
 
「人は誰でも死ぬ」と分かってはいるが、あんなに元気だった荒 了寛師大僧正のことを思うと、胸が痛む。東京でも何度かお会いしたが、気さくで飾らず気が短く、良い和尚さんだった。 
また素晴らしい人が1人、この世から去って行った。(合掌) 
 
荒 了寛和尚の絵説法(3)  
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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