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警察との切れない付き合い

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俺と警察の直接の付き合いといえば、伊達市の交通安全指導員なるものを約15年くらいやってきたことだ。その役職は交通安全啓蒙がミッションで、2年ごとにわざわざ警察署で行われる式で代々の署長に任命されてきた。交通課課長には仕事内容が変わることを説明してお願いして、昨年3月にやっと任を解いてもらったわけだが、実はこの任を授かっていた間はずっと重苦しい気分でいた。

というのも、伊達市交通安全指導員設置規程によると、指導員は

人格行動ともに社会的信望があり、特に交通安全思想の普及及び実践に熱意と行動力を有する者

とあるからで、それに対して元来反抗的な性格を持ち、また交通においては黒歴史を持つ俺はどうみても不適格者だと自分でよくわかっていたからだ。だが、これまでわざわざそんな事実を警察官たちの前で滔々と披露して恥を晒すほどの度胸もなかったから、心の葛藤を抱えながらその任を受けてきたということだった。だからその役割が終わってホッとしたわけである。

思えば未成年のときは無免許運転で挙げられ、簡易裁判を受けたし、スピード違反の免停中にまたスピード違反の免停を喰らったダブル免停の経験もある。これまでの40年以上のキャリアで、他にも駐禁や一時停止無視など、ちょこちょこ交通違反はしてきた人間なのだ。

そして反抗的な性格であるがために、捕まるごとによく警察官には絞られた。違反をしたのにも関わらず、だはんをこいて(※北海道弁)反抗したから相手も余計に頭にくるから仕方ない。

例えばそれは、日本に100km超のスピードを出せる道路がないのに、なぜ180kmも出せる自動車を製造許可しているのか?とか、同じ道で10kmオーバーで捕まる場合と捕まらない場合の判断基準に根拠があるのか?とか、相手を怒らせる発言だったりした。そんな俺は言ってみれば交通取締の慣習や道交法などの運用についての矛盾や曖昧さに不公平感を感じ、その上で権威を振り翳し、一方で警察自身の不祥事等も多発していた中、力のない一般人の違反者をあたかも「悪人」として扱うその部分に、どうにも癪に触る気持ちを抱えていたわけだ。

だから本当のところ、警察は嫌いだった。交通違反ではあったが、そうやってちょこちょこと捕まることがあると、その後、何も悪いことはしていないのに、警察官をみるとなんか恨めしい気持ちになった。

しかし、豊浦町に来て神社のお祭りのとき、警備をお願いする交番の警察官たちと毎年付き合うにつれ、彼らを理解し、受け入れて信頼できるようになった。所詮完全に合理性を持つ法律運用などできないわけで、問題があるとしたら、そのシステムにあるのだ。つまり、自己矛盾を抱えながら権威をかざして取り締まる輩も、違反しながらそれを横に置いて反発し、やるせない怒りをもつ輩がいるのもしょうがない。なぜなら、同じ「にんげんだもの」(by 相田みつを)。

ということでそれ以来、俺はスピード違反で捕まって、前のめりで偉そうにマウントをとってくる警察官に出会ったとしても、「ああ、同じ人間なんだなあ」と同情できるか試したいと思っているが、ここしばらく違反して捕まることがなくなったので試せていない。ただ、昨年より豊浦町でまた警察署協議会委員?をお願いされて任されてしまったことは不覚だった。これからの人生でもっと弾けようとしている不良老人の足枷になりかねないと思うからだが、まあ行き過ぎを自制するための塩梅になればいいなと前向きに解釈することにした。

新しく警察の協議会委員?に任命されてしまった・・・

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犬と暮らしとカヤックと

kayaker

豊浦町でワンコたちと暮らし、たまに海で遊ぶ日常をつづります。

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