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食べることと生活すること

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この土地に来て以来、長く付き合いのある一組の夫婦がいる。
彼らは、農家でもないが、大きな自家畑でさまざまな野菜類を自分たちの手で作って暮らしている。

作る野菜の種類は実に豊富で、さらに味噌や漬物、ジャムやペーストなど、野菜を加工した保存食も数多く手作りしている。そしてここ数年は、ハムやベーコン、チャーシューといった肉の加工品にまで手を広げ、砂肝やレバーの加工品も自家製で作るようになった。

これらはすべて自分たちの食糧として作っているものだが、無農薬で育てた野菜や無添加の加工品は、どれも体にやさしいものばかりである。折に触れてそれらを分けてもらうことがあり、そのたびにありがたさを感じるとともに、どれも美味しいことにびっくりさせられる。

ご主人は公職を引退してからというもの、こうした食に関わる作業に忙しい日々を送っているらしい。だが彼らの暮らしを見ていると、人間にとって「食べる」という行為が、生きる上でいかに中心的な営みであるかを改めて思い知らされる。

かつて家族で数日間のキャンプ生活をしたときのことを思い出す。朝食を終えればすぐに昼食の準備を始め、一息つけばもう夕食の支度に取りかからなければならない。食事の準備に追われ続ける一日だった。

現代の我々は、自分で食料を生産しなくても、別の仕事をして収入を得、その対価として食べ物を手に入れることができる。通常、食に関わるとすれば自分たちで行うのはせいぜい料理くらいだ。冷凍食品やコンビニ弁当ならば料理さえしない。しかし、かつての人々は「食べる」ことを生活の中心に据え、生産から加工、料理までの営みが日々の大半を占めていたわけだ。そう考えると、食べることを気にせずに他のことに時間を費やせる今の暮らしがどれほどありがたいものかを改めて思わずにはいられないし、同時に食物との距離感が近い田舎暮らしのありがたさも感じさせられる。

いずれにしても、どのような形であれ、毎日食べられるということ。それ自体が本当にありがたいことである。

最近いただいた砂肝とレバー。あっという間になくなった。

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犬と暮らしとカヤックと

kayaker

豊浦町でワンコたちと暮らし、たまに海で遊ぶ日常をつづります。

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