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優先席という名の不道徳製造装置

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久しぶりに東京で電車に乗った。車内は混雑していて座れる席はなかったが、優先席だけがぽつんと空いている。

「俺は座っていいのだろうか?」

そう迷いながら掲示を見ると、優先される対象が並んでいた。お年寄り、からだの不自由な方、内部障がいのある方、乳幼児連れの方、妊娠中の方——。

ふと疑問が湧いた。「お年寄り」って、何歳からなんだろう? 調べてみると、JRのシニア割引は65歳以上が基準らしいが、60歳以上のものもあるという。見た目では判断できない。

そもそも優先席はなぜ存在するのか。それは社会的弱者への思いやり、つまり道徳心の表れだ。調べると、誕生は1973年。当時は「シルバーシート」と呼ばれ、座席が灰色だったことを思い出した。

でも考えてみれば、それ以前はこんな掲示がなくても人々は自然に席を譲っていたはずだ。だからそれをわざわざ明示する必要がなかった。優先席が必要になったということは、思いやりの心が薄れてきた風潮があったためだろう。

ところが、この優先席を設けたことで、若者は、たとえ周りに対象者がいない場合でもこの席に座りづらくなった。そうなると混雑しているのに優先席だけが空いているという奇妙な光景ができる。一方で通常席にお年寄りが座っていると「優先席が空いてるのに」と眉をひそめる若者もいるかもしれない。さらにこの席があることで、普通席で席を譲る必要性を感じにくくなることもあろう。今はどうかわからないが、札幌の地下鉄では、かつて「専用席」という表示だった。これなどはもっとひどいことになるに決まっている。

つまり、こうした優先席は道徳を押し付けようとして不道徳を生み出してしまっているのだ。

でも、大昔から日本には社会的弱者や少数派を自然に受け入れ、助け合う文化があった。それは私たちが自然に持っていた美徳だ。そして今の若い人たちにも、その心はちゃんと残っている。それが日本人としての基本的アイデンティティともいえる。

だから思うのだ。優先席の掲示は、世界共通のピストグラムと英語だけで掲示すればいいのではないか。つまり、外国の方向けに明示する形にするのだ。一方でそれを見た日本人には外国人向けに明示されているのを見て「ああ、我々はこの日本で日本人として恥じない行動をしないと」と自ら気づいてもらう。英語を読めなくてもそれが何を意味するか知らない日本人はいないからそれで十分。道徳とは押し付けるものではない。物語や表れを示唆をして気づいてもらうものだ。

道徳心の根本にあるものが尊敬と感謝であるとしたら、我々日本人に自然とあるべきそれを育ませるには、まず国を愛し、日本人であることを誇りに思い、そしてお互いを思いやる心を育てる教育にこそ鍵があるのではないか。

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犬と暮らしとカヤックと

kayaker

豊浦町でワンコたちと暮らし、たまに海で遊ぶ日常をつづります。

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