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ある漁師の親子

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その漁師の親子は、会うたびにいつも笑顔を返してくれた。
彼らは、以前わが家が住んでいた家のご近所さんだ。親父さんは俺と同い年くらいで、奥さんと息子がひとり。奥さんも息子さんも、うちの家族と年齢構成がよく似ていたせいか、前から親近感を覚えて接していた。とにかく、この家族はみんな、いつも笑顔で応じてくれるのだった。

今回いただいたスケソウダラ

3年前、わが家は家を建てて引っ越し、もう隣近所ではなくなった。けれど、あの頃のことは今もよく思い出す。夜中や明け方まで仕事をしていると、彼らのダンプのエンジン音が聞こえてきて、「あ、もう海に出る時間なのか」と思ったりした。夏には家の前の作業場で、家族や従業員とバーベキューをしている姿もよく見かけた。

マダラよりも細長い

隣に住んでいた頃は、ときどきホタテや獲れた魚を、バケツに入れて持ってきてくれた。
そのたびに恐縮したが、こちらもたまに、子どもたちが作った手作りのお菓子などでお返ししていた。

鱈子もはいっていたので自家製を作ってみよう

そんな笑顔の絶えない明るい家族に、ある日突然、奥さんが病気で亡くなったという訃報が入った。同じ自治会の班長からの連絡だった。それが数年前のことだ。
訃報は、わが家が今の家に引っ越してからの出来事だったが、その話を聞いて本当に驚いた。あまりに突然だったからだ。すぐに弔問に伺ったのだが、さぞ悲しかったはずなのに、親父さんも息子さんも玄関で気丈に、明るく応対してくれた。そこにはいつもの笑顔があった。けれど、やはりどこか悲しげにも見えた。
玄関でお悔やみを述べ、家まで歩いて戻る間、俺は「もし自分が今、カミさんに先立たれたらどうなるだろう」と想像してしまった。

簡単に作れる味噌仕立てのあら汁を作る

起きてもいないことで不安になったり悲しくなったりするほど、つまらないものはない。けれど、想像してしまうのだから仕方がない。そこでひとつだけ思ったのは、俺には彼らのように明るく振る舞う自信がない、ということだった。それどころか、しばらくは悲しみを表に出し、周りまで不幸な空気にしてしまうかもしれない、とさえ思った。

今、彼らは親子二人で漁業を頑張っている。引っ越してからというもの、ここ数年は会う機会がずいぶん減った。それでも、たまに車ですれ違うと、以前と変わらない笑顔を返してくれる。そしてそういうときは決まって、なぜかわざわざ離れたうちまでお裾分けを持ってきてくれるのだ。今回もそうして、スケソウダラをたくさんいただいた。それは留守の間に、玄関にそっと置いてあった。

海の仕事を終えて帰ってくる家の中は、きっとすっかり寂しくなってしまっただろう。それでも二人は、周りを笑顔の光で明るくしてくれる。それは強さというより、そうせざるを得ない日々なのかもしれない。だからこそ、この親子は俺に、生きていることの切なさと力強さを感じさせてくれる。そんな存在だ。

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犬と暮らしとカヤックと

kayaker

豊浦町でワンコたちと暮らし、たまに海で遊ぶ日常をつづります。

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