やっと寒さともお別れで、箪笥の冬物をしまい夏物を出した。
暖かくなって来ると、なんとなく気分も浮かれて来るから不思議だ。
そんな時に隅田川の近くに住む私は、「春のうららの隅田川」という童謡の歌詞が頭に浮かんだ。
歌詞を調べたら、この歌は「隅田川」という題名ではなく「花」であった。
作詞は武島羽衣、作曲は滝廉太郎だった。

「吾妻橋」の下を潜って敵観光船「ジュビリー号」が来た。
【花の歌詞】
「春のうららの隅田川 のぼりくだりの船人が
櫂のしずくも花と散る ながめを何にたとうべき。
見ずやあけぼの露浴びて われにもの言う桜木を
見ずや夕ぐれ手をのべて われさしまねく青柳を。
錦におりなす長堤に 暮るればのぼるおぼろ月
げに一刻も千金の ながめを何にたとうべき
ながめを何にたとうべき」

「吾妻橋」
歌詞というのは1番は覚えているが、改めて2番以降を見ると『そうだったのか』となる場合が多い。
カラオケで演歌を歌う時もそうだが、2番以降は画面を見ないと歌詞が分からない。
誰でもそうなのだろうか?
・・・・という次第で、歌ではなく本物の隅田川を堪能したくなったのである。
そうなると船で隅田川を下るのが、私は一番良い方法だと思った。

「駒形橋」
もう何回も乗船しているが、浅草から日の出桟橋まで定期観光船が出ている。
我が家の窓からも、その船が見える。
私は都営浅草線で「浅草」まで行き、乗船券売り場で次の出航時間を調べた。
すると11時30分発の船があったので、乗船券(860円)を買って20分ほど近辺を散歩して時間を待った。
下流から私の乗る船「ジュビリー号」がやって来るのが見えた。

「厩橋」
桟橋に接岸した船からは12人の乗客が降りて来た。
引き続き私が乗船したが、出航までに乗客は全員で9人しか乗らなかった。
係員に聞いたら、ジュビリー号は定員が300人だと言っていた。
300人乗りの船に9人で出航するのでは、全くの赤字だろう。全く気の毒になった。

「蔵前橋」
定刻になりジュビリー号は桟橋を離れた。
他の8人は客席に座っている。私は船尾の開けた場所に陣取り、隅田川の橋の写真を撮ることにした。
この日の東京の気温は24.7度で、走る船に私の体を通り過ぎる風が心地良い。
出発点の浅草の橋は「吾妻橋」である。
そこから下流に向けて12の橋があり、その他に道路専用の橋と鉄道専用の橋が4本ある。
橋は順番に吾妻橋、駒形橋、厩橋、蔵前橋、両国橋、新大橋、清州橋、永代橋、中央大橋、佃大橋、勝鬨橋、築地大橋で、そして隅田川は東京湾に出る。

「清州橋」
橋と橋の距離は割合に短いので、撮影は忙しい。
船内を見たらプロカメラマンが白人のモデルを使って、船内の様子を撮影をしているのが見えた。
そうなるとお金を払って乗っている乗客は、9人よりもっと少ないようだ。
そして860円で35分の船旅は、「日の出桟橋」で終ったのである。
降りる時には思わず、「申し訳ない」という気持ちになった。

「永代橋」
(おまけの話)
浅草の乗船場から船が離れると、すぐに「吾妻橋」の下を潜る。
橋の裏側を見ることは普段は無いが、船に乗れば見られる。
その次が「駒形橋」で、うなぎの名店「前川」が右手に見える。
少し先にはどじょう料理の名店「駒形屋」が続く。
後ろを振り返ると、東京スカイツリーがそびえ立っている。

「中央大橋」
蔵前橋、両国橋と進むと、隅田川テラスを散歩する人、ジョギングをする若い女性が見える。
「花」の歌詞にあるように「のぼりくだりの船人が・・・」の通りに、観光船の卑弥呼、水上警察挺、水上消防艇、浚渫船、水面清掃船などが行き交う。たまにプレジャー・ボートも来る。
気持ちの良い風が吹いて来るが、それと一緒にジュビリー号のジーゼルエンジンの排ガスが来る。

「勝鬨橋」
永代橋辺りに来ると、そこから先は私の守備範囲となる。
左手にリバーシティ21、佃の住吉神社、右手に聖路加国際病院、水炊きの名店「治作」も見える。
そこを過ぎればすぐに勝鬨橋で、下を潜れば左手に我が家も見えて来る。
そして隅田川の最後の橋「築地大橋」を潜れば、右手に浜離宮恩賜庭園が見える。
ジュビリー号は間もなく日の出桟橋に着岸し、約35分の「春のうらら」の船旅は、こうして終ったのである。

「築地大橋」
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