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小さな話(114)

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【高輪ゲートウェイ・シティ】
3月27日にグランド・オープンした「東京ゲートウェイ・シティ」に行ってみた。
「東京ゲートウェイ」は山手線に新しく作られた新駅で、ここは江戸時代に高輪大木戸として江戸への玄関口の役割を担っていた。

東京駅から渋谷駅に向かう時に品川駅の1つ手前に出来た駅で、以前は寝台特急などの車両基地だった場所である。その駅前を再開発して「東京ゲートウェイ・シティ」という名で高層ビルが3棟完成した。仮オープンの時にも行ってみたが、私にはあまり興味のある場所ではなかった覚えがある。

新しもの好きが多いせいか商業施設部分はかなり混み合っていたが、最近は欲しいものが無い私なのですぐに出て来てしまった。

「高輪ゲートウェイ・シティ」の館内

【目標は5000歩】
本で読んだが「歩ける内は死なない」とか、「歩けばボケない」という話がある。
でも「徘徊老人」はボケて歩いてどこかへ行ってしまうのだから、その話はあまり当てにならない。私は歩けなくなって高級老人ホームに入ったFさんのことを良く知っているので、自分では「1日5000歩以上は歩く」を目標にしている。

どこかに出掛けると、そこまでは都バスや地下鉄に乗るがその先は歩く。
最近は脚力が落ちて来たのか、5000歩を越えると足が痺れて来る。階段があるとエレベーターを探してしまう。

高齢者が猫背でヨチヨチ歩きをしているのを見て、私は「ああはなりたくない」と思い背筋を伸ばして歩くように努力している。
街で見掛ける欧米人は歩き方が綺麗だと思う。足の運びが日本人と少し違うようだ。

バッグを背負って「1日5000歩以上」が目標

【蛍光灯の製造停止】
政府の決定では『2027年末までに、一般照明用の製造・輸出入が終了する。水銀使用製品である蛍光灯は2026年1月より、順次、製造と輸出入が規制される。今後はLED照明に切り替えをお願いする』とあった。

東京都は「東京ゼロエミポイント事業として、 LED照明に交換すると、1台当たり6000円を補助する」ことになった。私の住むマンションでは所帯数が多いので、業者が受付用のテーブルを置いて係員が常駐している。

我が家に見積もりに来た業者の調査では室内に8台の蛍光灯があり、費用は13万6000円となる。その内の8台×6000円=4万8000が東京都から補助されて、支払額は8万8000円になり思い掛けない出費となった。

台所の「天井埋込み型蛍光灯」

【ランチの後のデザート】
汐留でランチに「うどん」を食べた後に、隣の「YATSUDOKI」に行ってソフトクリームを買い、2階に上がり休むのが決りだった。それなのにYATSUDOKIが3月で閉店となってしまった。それなりにお客は来ていたと思うのだが、経営判断なのだろう。

そうなると私が汐留で休む場所を失ってしまった。2軒隣に「TULLY’s Coffee」があるが、ここは狭く落ち着かないので行かない。酒が飲めない私には「行き付けの店」は「うどん屋」と「ソフトクリーム屋」程度で、安上がりな男だ。

汐留で「うどん」を食べた後に休憩に行くなら、少し歩いて新橋駅まで行かねばならない。新橋で行っていた「うどん屋」も閉店してしまったので、ランチと休む場所を探しているがまだ見付けられない。

 閉店した「YATSUDOKI」

【菜の花畑】
桜もそうだが、菜の花は桜以上に私に「春」を感じさせる。
今年も浜離宮恩賜庭園に、3月末に菜の花畑が出現した。
4月になり区民向けの無料券で、浜離宮恩賜庭園に菜の花を見に行ってみた。

入口前の駐車場には大型観光バスが5台も停まっている。
入場券売り場には外国人観光客が並んでいた。日本人はほとんど目につかない。
なんだか外国へ行ったような気がして来た。

外国人は畑の中の道路で、記念撮影をしている。
菜の花畑は満開であるが、まだミツバチは飛んで来ていない。
でも私は1人静かに春を感じていた。

 「浜離宮恩賜庭園」(4月1日)

(おまけの話)【昔のベトナム人実習生と昔の社員】
私が現役の時に、私の会社で働いてくれたベトナム人の実習生のHさんからメールが届いた。彼は帰国後に自分で工場を作り、それなりに経営をやって来た。
工場の仕事があまり上手く行っていないのか、1月になり彼は埼玉県の会社に出稼ぎでやって来た。

そして彼の妻が来日するのに合わせて、私に会って夫婦で桜見物をしたいと言って来た。
そろそろ桜も終りだが4月4日に新橋駅で待ち合わせたら、以前の私の会社のある部門の責任者だったKさんも一緒だった。3年ほど前にはベトナム人のHさんは、Kさんの会社に出稼ぎに来ていたこともあるのでその関係だろう。

満開の桜の中のHさん夫妻(浜離宮恩賜庭園)

当日は「晴れ男」の私には珍しく、朝から生憎の雨模様だった。
待ち合わせ場所の新橋駅の烏森改札口に午前10時に集合したが、Kさんは年賀状を送ってくれるが会うのは20年ぶりだった。彼は社長業も板につき恰幅も良くなっていたが、話し方に特徴がありすぐ気持ちは昔に戻った。

4人で駅から歩いて浜離宮恩賜庭園に向かった。
庭園内は小雨模様でも、外国人観光客が大勢来ている。
門を入り右奥の「中の御門口」の前に桜並木があり、運良く桜は満開の時だった。

潮入りの池を回り込み「富士見山」の前を通り、「御衣黄」の前に来た。
御衣黄は緑色の花びらの桜だが、まだ少し早かった。

 緑の花びらの「ウコン」(浜離宮恩賜庭園)

園内の外周を歩いて出口方向に行くと、梅林を過ぎて菜の花畑が広がっている。
Kさんは『初めて浜離宮に来られて、とても良かった』と喜んでいた。

私は歩きながら彼の会社の状況を聞く。『以前から購入品の値上げが多く困っているが、幸いに昔と違い「適切な価格転嫁や取引適正化」の法律があるので、客先への値上げは通り易くなった』と言っていた。

私と一緒に働いていた頃は腕が良い職人だったが、いまは立派な経営者になっていて安心した。会社が上手く行っていなければ、この日は私に会いにも来なかっただろう。

 私の前を歩く3人(築地市場)

浜離宮を出て徒歩で「築地市場」に行った。
ここは歩けないほどの混雑で、ほとんどが外国人観光客である。
Kさんは観光客相手の食べ物の値段が、異常に高いので驚いていた。

築地市場を抜けて私の菩提寺の築地本願寺に行き、私のロッカー式のお墓を見せてあげた。特にベトナム人のHさん夫妻は、ロッカー式のお墓に興味津々だった。

その後、境内のレストランで食事をし、雨が止みそうにないのでここで解散にした。
私はKさんに会えたのが、なにより嬉しかった。

 私のお墓を撮影するHさん(築地本願寺)

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伊達季節移住のススメ

心の伊達市民 第一号

北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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コメント(1件)

  • 昔働いてくれていた若者たちが、成長してそれなりに独り立ちし、久しぶりに会いに来てくれる。先生とその教え子とはこういうものなのだろう、と思う。同窓会、同期会、クラス会、に恩師を招くことの重要さ。しかし、生徒に愛された恩師でなくては招待されないだろう。その点、合格ですね。

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