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水彩画で見る東京(3)

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【スズカケ並木】
新宿御苑の「スズカケ並木」は少し前に来たばかりだった。
その時はまだKさんから水彩画が届いていなかったので、もう少しタイミングが違えばその時に写真を撮れた。しかし私は暇人なのだし、大江戸線で来れば運賃も掛からないから文句は無い。

「スズカケ並木」が御苑の一番奥にある。そこまで歩くのが結構、大変だ。
ここは秋に来るのがベストだ。気候も良く「モミジバスズカケ」の紅葉が綺麗で、ゆっくりベンチで休むのが良い。

「スズカケ並木」(新宿御苑)

彼の絵のほとんどに、緑の木々が描かれている。
『たまには冬も行ったら?』と私が言ったら、『現場で2時間くらい掛けて描くのが自分流だ』と言われてしまった。

そうなると「夏は暑いから」、「冬は寒いから」という理由で、真夏と真冬の絵は描けないことになる。でも後期高齢者をとっくに過ぎているのだから、まあ無理をしないでくれ。

「スズカケ並木」は緑の葉の季節でも、紅葉に季節でも、葉の落ちた冬でも絵になる場所だ。私がここへ行った日は雨の寒い日だったので、外国人が少し来ているだけだった。

 誰もいない「スズカケ並木」  

【不忍池のボート池】
上野の不忍池に行く時は、ほとんどの場合は「蓮の開化」を見るためである。
春も良い。この絵にあるように、不忍池のボート場の側道は桜並木になっている。
この絵はボート乗り場の正面から描いているので、写真撮影の場所を探すのも簡単だった。

私が撮影に行った日は、東京に積雪があった翌日の2月9日だった。
天気は快晴であるが、風は冷たい。
日陰にはまだ雪が残っていて、誰が作ったのか溶けかかった「雪だるま」があった。

 「不忍池」のボート池 

絵にある東京スカイツリーが画面の右側になる場所を探したら、休憩用のベンチがある場所だった。
東京スカイツリーの左側に天堂が来る構図の場所も、このベンチの場所でOKだ。
桜は咲いていないが、桜の木は見える。ボートもわずかだが出ている。

かなりいい具合だと思ったのだが、なにか違和感を感じた。
もう一度、絵を見たら、その原因が分かった。ボート乗り場の建物の屋根の色が違うのである。弁天堂の屋根の色も違った。水彩画は写実ではないのだから、それでいいのだろう。  

「不忍池」のボート池 

【聖徳記念絵画館】
神宮外苑に聖徳記念絵画館がるが、あまり知られていないように思う。
私が神宮外苑に行く時は、銀杏並木が紅葉した時である。
青山通り方面から銀杏並木を通り抜けると、その先にスポーツ施設がある。

またその先に歴史を感じさせるような目的の「聖徳記念絵画館」が建っている。
ここは資料によると『明治天皇の生涯に昭憲皇太后の在世中の事情を交えつつ、各時代を描いた歴史的・文化的にも貴重な壁画を展示しています・・・』

『明治天皇を中心に成し遂げられた、維新の大改革、その輝かしい時代の勇姿と歴史的光景を史実に基づいた厳密な考証の上で描かれた80枚の名画、一流画家による優れた芸術作品であり、政治、文化、風俗の貴重な資料でもあります』とある。

 「聖徳記念絵画館」

「聖徳記念絵画館」は大江戸線の「国立競技場駅」で降りて、数分の場所にある。
建物の前に行ったら、どうも様子が変だった。なんとここでも工事中だった。
貼り紙には『当館の壁画と重要文化財である建物を次の100年に・・・』

『継承・維持するために、耐震補強及び保存修理工事をするために休館させて頂きます。休館期間は2024年4月1日~2027年5月末の予定です』とあった。

最近はアチコチで耐震補強工事が行われているが、私の生きている間に「東京直下型地震」が起きなければよいが・・・。
この絵もそうだが斜めから撮影すると、どうしても少し構図が変ってしまうのである。

 「聖徳記念絵画館」

【増上寺】
増上寺に行く前に、ネットで情報を得ておいた。
『増上寺は浄土宗の七大本山の一つで、関東における浄土宗の重要な拠点として栄えて来ました。創建は太田道灌が活躍した室町時代に遡り、徳川家康の関東入府以後は徳川家の庇護を受け、将軍家の霊廟も建立されました。古くは現在の千代田区平河町から麹町付近に建立され、江戸拡張のともない現在の地に移転し、都市江戸を構成する重要な寺院となります』。

ここも私の家からは大江戸線に乗り、「大門駅」で降りて数分歩く。山手線なら「浜松町駅」である。途中に道路を跨ぐように巨大な朱色の門があるが、それが増上寺の大門である。大門を潜ると正面に「三解脱門」が見えて来る。
増上寺の「三解脱門」とは「貪り、怒り、愚かさ」の三つの煩悩からの解放を意味する」そうだ。

 「増上寺」

「三解脱門」の近くに来たら、門は覆われていて現在は耐震補強工事を行っている。
増上寺のHPによると『増上寺の「三解脱門」は前回の本格修復工事から約50年が経過し、各所に劣化や破損が生じています。当山では令和3ー4年に行った調査結果をもとに詳細な修復計画を立て、本格的工事を行っています。修復官僚は令和14年11月を予定しています』。とあった。

今回の「水彩画の描かれた場所で写真を撮る」というアイディアは良かったが、実際は季節と工事中も難しかった。2022年7月11日には暗殺された内閣総理大臣「安倍晋三」の告別式が増上寺で執り行われ、私も1時間以上も並んで献花した。

 「増上寺」

【鬼子母神の駄菓子屋】
今回のシリーズの中で行くのが一番遠く、交通が面倒なのが「鬼子母神の駄菓子屋」であった。私がここへ行く方法としては、大江戸線で「春日駅」に出て、そこから都バスで「大塚駅」に行く。

大塚駅から都電に乗り「鬼子母神前」で降りる。
駅から徒歩3~4分で鬼子母神に着く。その境内の左側に「上川口屋」という駄菓子屋がある。店主の内山雅代さん(86歳)によると、235年前からここで店を開いていたそうだ。

「鬼子母神の駄菓子屋」

「鬼子母神」の「鬼」の字は、実際は角(つの)が無い字である。
一説によると鬼子母神は「もともと残虐な性格で、人の子供を喰っていた。しかしお釈迦様により自身の子供を失う悲しみを教えられ、改心した。それ以降、安産・子育ての神として信仰されるようになった。鬼子母神が仏に帰依し、善神となったことを示すために、角が取れたのである」。

日本の昔の民話は面白い。
現代では起きそうもなことが、当り前で起きている。宗教とはそういうものだ。

私には鬼子母神には辛い思い出がある。
同級生のHさん達とここへ来た時に、彼は『東京は面白いところがいっぱいある。まだまだ死ねない』と言った翌日に、福島原発のボランティアで出掛け、駅に迎えに来た旅館の女将さんの飲酒運転で事故を起こして、呆気なくアチラに逝ってしまったのである。

今回の「水彩画で見る東京」は今回で終りだが、15ヶ所を巡るのに撮り直しもあり11日間も掛かってしまった。

生憎だが「上川口屋」は休みだった。

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伊達季節移住のススメ

心の伊達市民 第一号

北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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