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水彩画で見る東京(2)

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【JR 原宿駅舎】
「原宿駅」は私が行くのは少し面倒だ。
家の前から東京BRTに乗って新橋駅で降りて、JR山手線に乗り換える。
今回は時間が十分にあったので、大江戸線で「東新宿駅」で降り、そこから都バスに乗った。これならシルバーパスだけで行けるので、無料である。

絵に描かれた場所は若者がみんな行く「竹下通り」のすぐ近くだから、人が多くて写真に撮り難い。この絵の場合も私は場所を知っているし、絵と写真との違いはほとんど無いと思っていた。

 「JR 原宿駅舎」

私が原宿に行く時は、ほとんどの場合「明治神宮」に行く場合である。
駅の写真だけを撮る目的で、原宿駅に行ったのは初めてだ。
駅に行って驚いた。駅全体にシートが被せてあり、大規模な工事が行われていた。

家に帰ってから調べたら「JR東日本は原宿駅旧駅舎跡地開発について、2024年5月末頃から本体工事に着手。旧駅舎の外観を再現しながら、商業施設として整備していく。開業は2026年度冬を予定』と出ていた。

工事のことを全く知らなかったので、そうなると私はここへ1年半以上も来ていないことになる。  

「原宿駅」は改造工事中  

【勝鬨橋】
この橋は私にとっては地元なので、見に行かなくても「どこから描いたか分かる」と思った。ところがである。思っていた場所に行ってみたら、どうも絵と合わない。

奥に見える木がヒントなのだが、そこだと木の後ろにはいくつもの高いビルが無い。
写真は光景をそのまま写すが、水彩画は絵に画家の思いが入り込む。
だから高さや縮小は自由自在だ。仕方ないので、私の撮った位置も「大体」で許してもらおう。

「勝鬨橋」

「勝鬨橋」は昔は真ん中くらいから、左右跳ね上げるように開いた。
大型船が通れないので、その方式が採用されたようだ。
私の記憶は定かでないが、開いたところを見たような気がしている。

最後に橋が開いたのは「1970年」だそうで、それなら私は既に社会人になっているので見たのだろう。何年か前から「勝鬨橋をもう一度,跳ね上げよう」という有志の活動があるが、莫大な費用が掛かる上に、これだけ交通量が多い時代には無理だろう。

 「勝鬨橋」

【清洲橋】
清洲橋は大江戸線で「清澄白河駅」で降り、清洲通りを10分くらい歩く。
私はこの橋にはあまり縁が無いので、いままででも2回ほどした渡ったことがない。
だからどこから描いたかは、全く分からなかった。

そこで先ずはスマホに水彩画を保存して、その絵を見ながら場所を探した。
清洲橋の端で左右の4ヵ所から探してみた。何度も行き来して4ヵ所で探してみた。

 「清洲橋」

水彩画と見比べても、どこにも該当する場所が無い。
ヒントは橋脚を支えているコンクリートの基礎だった。
基礎のコンクリートの位置関係から判断して、江東区側からか、中央区側からの左側である。

でも両方から2度も見たが、絵の位置に高いビルは無い。
彼の絵では「ビルだけは色付けしていない」のだから、ビルは想像上の建物ではないかと決めた。

「清洲橋」 

【佃島】
清洲橋の撮影の帰りに大江戸線の「月島駅」で降りて、佃に行った。
ここも我が家から近いし、住吉神社にもよく行くので、準地元である。
この絵の場所は行く前から分かっていた。

赤い欄干の「佃小橋」の上から、水路と「リバーシティ21」を描いている。
いつも水路には漁船が何隻か停泊している。

「佃島」

水の中の右端には祭用の木の柱が埋めてある。
1年に1度だけその柱を水中から掘り出して、祭りの幟を立てる柱にするのである。
佃という町は、この辺では他の町とは雰囲気も違う。

徳川家康が江戸城へ入った後に家康の命を受け、大阪の摂津国佃村の漁師たちが隅田川河口にあった干潟を埋め立てた場所が佃である。そこで漁で獲った魚を日持ちのするように作ったのが現在の「佃煮」で、大阪佃村の漁師が作ったから「佃煮」と言う。

歴史というのは、分かってみると面白いものだ。
特に江戸には色々な歴史が詰まっている。

「佃島」

【浜離宮恩賜庭園のお茶屋】
浜離宮恩賜庭園も私の家から歩いて、約15分で行ける。
今回のKさんの水彩画では入園料を取るところは少ないが、ここはシニアは150円である。「中島のお茶屋」は潮入りの池の中にある、有料でお茶とお菓子を楽しめるお茶屋である。

天気の良い時に建物の外に突き出たテラスに坐って、お茶を飲むのは気持ち良い。
この絵は潮入の池の反対側から描いている。

「浜離宮恩賜庭園」の「中島のお茶屋」

Kさんの書いた水彩画を、現地で同じ構図で探すのは難しい」。
斜めから見た場合の絵は、縮尺などが写真と大きく違うし構図も変わる。
しかし正面から描いた絵は、ほぼ同じ写真となる。

今回の絵で違うと感じたのは、東京タワーの大きさだ。実際の東京タワーは、かなり小さく見えている。また右隣のビルは省略されている。

絵は不要と思えば、書かなければいい。強調したければ、大きく書けば良い。
それが水彩画という「アート」なのだろう。

「中島のお茶屋」


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伊達季節移住のススメ

心の伊達市民 第一号

北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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