ブログ閉鎖中の話題(2016年2月17日)
2日目の朝は紅富士の写真を撮りたくて、午前6時に起き出した。
いつも家では女房とは別の部屋で1人で寝ているので、一緒の部屋で寝たのが久し振りで落ち着かずよく眠れなかったが、これは女房も同じで「イビキがうるさくて、眠れなかった」と言っていた。

私の持論は「ある程度の年になったら、夫婦は別の部屋で寝るべき」である。
これは私と女房の寝る時間帯が違う、どちらかがイビキをかく、読書をしたい、テレビを見たいなど、それぞれの事情があるからだ。
しかもみんなが希望する「ポックリ」を狙うなら、なおのこと夫婦別室の方が良い。

私の叔母は寝ている間に亡くなった。私の母も同じく、朝になったら亡くなっていた。
これが夫婦が一緒の部屋に寝ていると、どちらかが気が付いて救急車を呼ぶことになる。そして運が悪ければ、寝たきりで長い療養生活が始まってしまう。
若い時ならともかく、70歳も過ぎたら寝たきりになるより私は大往生をしたい。

富士山に戻る。どうも私はブログを書いている内に、いつも悲観的な話になる癖がある。
紅富士というのは、冬の寒い日の明け方に起きる現象で、日の出前15分くらいに地平線の下からの光が富士山の雪に当り、富士山が紅色に染まることを言うのである。
私の部屋は6階で、富士山は地平線まで見通せる好条件の部屋であった。

6時40分頃から始まる紅富士を狙い、テラスに出て三脚をセットする。
真っ黒な富士山が徐々に白ずんで来る。地平線が赤く染まっている。
そして紅富士が始まった。ホテルの庭には大勢の中国人観光客が出て紅富士を見ている。ショーは5分ほどで終る。そして富士山は、いつもの純白の頂上を見せるのである。

昼間は観光タクシーを頼んで、5時間の富士山の周りのツアーを楽しんだ。
そして午後3時に山中湖の平野地区に寄って、私だけ降ろしてもらい昨日叶わなかったダイヤモンド富士の撮影に取り掛かる。 しかし太陽が富士山の頂上に沈む正確な場所が分からない。仕方ないので、カメラマンが一番大勢いる場所に陣取る。

これが失敗で、太陽は富士山の頂上の左端に落ちて行った。
もう少し北の方が正解だったのだが、どうしても私は大勢いる方に引かれてしまう。
帰りは暗くなり寒くなった中を1人で湖畔を歩いて戻ったが、途中でギブアップとなりタクシーを呼んだ。その夜の露天風呂から見る夜空は満天の星で、まるでプラネタリウムを見ているようだった。

(おまけの話)
日本の各地に春節の休みを利用して、中国人観光客が大挙して押し寄せている。
銀座などは「ここは王府井か?」と、勘違いしそうになるほどだ。
だから私達は銀座を抜け出して山中湖まで来たのに、富士山の周りも中国人だらけだった。河口湖が特に凄いことになっている。
経営不振の旅館が次々と中国資本に買収されている。

忍野八海では観光客の99%くらいが中国人で、日本人は1%もいないように感じた。
中国人だらけのあの中に、私は入って行く勇気が無かった。
しかも透き通る富士の湧水池に、なにを勘違いしたかコインが沢山投げ入れられている。中国の旅行社はもう少しマナー教育をしてから、観光客を日本に連れて来て欲しい。

私の宿泊したホテルの朝食はバイキング形式だった。
夕食の時はいなかった中国人グループが大勢来て朝食を食べているのだが、その食べ方が酷い。それぞれが食べ切れないほどの量の料理を皿に取り、彼らが帰る時には沢山の食べ残しの山となっている。
後でホテル入り口の黒板を見たら、「中国大使館ご家族一行様」とあった。
大使館関係者でもこんなんじゃ、一般人は思いやられるなー。
いずれここにも中国人が大挙してやって来て、ダイヤモンド富士の撮影をするのではないかと思うと憂鬱になる。

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