ブログ閉鎖中の話題(2016年2月15日)
初夢では「一富士、二鷹、三茄子」と言われるように、富士山が一番に来る。
一昔前の外国人は日本と言えば、「ふじやま、げいしゃ」で、やはり富士山が一番だった。
ベトナムから日本へやって来た実習生たちも、「帰るまでに富士山に登りたい」と言う。
やはり富士山は世界に誇る山なのである。

その富士山が真正面に見える、山中湖にある「ホテル・マウント富士」に誘われた。
誘ってくれたのは同じマンションに住む、お金持ちのバアちゃんであるT子さん81歳だ。
彼女はこのホテルの上客のようで、年に何回も行くようだ。
しばらく富士山の写真を撮っていないので、女房と2人でお誘いに乗ることにした。
お連れは彼女の友人の88歳のバアちゃんなので、老々介護ならぬ「老々観光」である。

高台にあるこのホテルの売りは、「宿泊中に富士山が見えなければ、無料にする」というものだそうだが、そんなことは1年に1回か2回程度だそうだ。
この季節は天気の良い日の夕刻のダイヤモンド富士と、早朝の「紅富士」が見られる。

天気予報を見ながら我が侭に予約日を2度ほど変更して、2月9日に出発となった。
これもホテルの上客のバアチャンのお陰である。
午後2時40分、東京駅発のJRバスに乗り御殿場経由で山中湖に向った。
今回は2泊3日の予定だが、私だけがみんなと違い富士山の撮影が目的の旅である。

「今までに富士山に何回行ったかなー」とバスの中で考えてみたが、分らなかった。
50回以上は行っている。でも、実を言うと、私は富士山に登ったことはないのである。
「富士山に2度登るバカ、1度も登らないバカ」という言葉があるが、今になって考えると「若い内に登っておけば良かった」と感じている。

ホテルに着いて少し落ち着いてから、私だけホテルの車で湖畔まで送ってもらう。
しかし午後4時33分にダイヤモンド富士の出現だというのに、頂上付近は厚い雲に覆われていて、ダイヤモンド富士はお預けとなった。
仕方ないので、湖畔に集まっている白鳥の写真を撮ることにする。

そこにはどこの撮影ポイントにもいるデジカメ・オヤジがいて、私に話し掛けて来る。
相槌をうっていたら、例の如く自作のアルバム帳を出して私に自分の撮った写真を見せる。今日はまだ「一日一善」をしていない私は、「上手ですねー。写真展に出した方が良いですよ!」と、あまり上手でない写真なのに、ついお世辞を言ってしまった。

(おまけの話)
富士山で思い出深いのは、上九一色村のゴルフ場に行った時のことである。
このゴルフ場に行く時は、前日からゴルフ場のホテルに泊るのを常としていた。
「富士ナンバーワン・ゴルフクラブ」という名のゴルフ場で、富士山に一番近い場所に位置していて、名前通りに素晴らしい景観なので、私は大好きでよく通った。

ゴルフ場のホテルに向うために自殺で有名な青木ヶ原の中を突っ切る道路を走っていると、電灯も無い真っ暗闇の道路の端を数人の一団が白い衣装を着て歩いているのをよく見かけた。真っ暗闇の中から浮かび上がる白装束は、何か分らずかなり気持ちが悪かった。2~3年後になって分ったのだが、それが大問題となったオウム心理教の信者達だった。

その後、「どうもサリン事件はオウムが関係しているのでは?」となり、ゴルフ場へ行く途中に見える第7サティアンも完成し、交差点にはいつも警官が立っていた。
それから1年後に教祖の麻原彰晃が逮捕された。
富士山というのは、どうも宗教家には魅力的な場所らしく、オウム以外にもかなりの数の新興宗教の本部がある。

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