【小綱神社】(東京銭洗い弁天)
人形町から日本橋へ歩いて行くと、裏通りに「どうしたの?」というくらいの長い行列が出来ている。ここは「小綱神社」で、「東京銭洗い弁天」として人気がある。神社の前から行列は始まり、ワンブロックの一周を囲むように続いているから300メートル以上はある。
この神社の三大ご利益は神話ではなく証明付きで「関東大震災ではご神体が人々を守り、第二次世界大戦では兵士を全員生還させ、東京大空襲では社殿を守った」そうだ。
だから「銭洗いも実現する」と信じられているようで、境内の「銭洗いの井」でお金を洗うために並んでいるのである。
私が行列を見た日は「大安」だったので、特に行列が長かったようだ。
この光景を見て、私は「平和だなー」と思うのである。

【人生での出会い】
ベトナムの会社の日本支社から連絡があり、『社長が来日するので会いたいと言っている』と知らせて来た。少し前にインドのお土産ももらっているので、私からのプレゼントを用意して大手町の外れの事務所に出掛けて行った。
事務所ではS社長と役員のH子さんが待っていた。そして話は盛り上がり、昔話になった。
S社長は27年前に飛び込みで、私の会社にベトナム人実習生を売り込みに来た。
それが私がベトナムに関わる最初の出会いだった。
その後、彼は独立して会社を作ったが、うまく行かなかった。2社目を立ち上げた時に役員に加わった男の部下として、H子さんも付いて来た。その後、経営方針の対立で男は去ったが、H子さんは残った。
そして頑張り現在は10社も関連会社のあるS社長の下で役員を務めている。
ただのOLだったH子さんは、元上司と一緒に辞めなかったので、いまの地位を得た。
人生の出会いとは面白い。

【爺の流儀】
少し前のブログで、同級生の作家「嵐山光三郎」の遺稿である、「爺の流儀」を勘違いして「アウト老のすすめ」を借り出した話を書いた。最近になり図書館から『爺の流儀が用意できた』と、メール連絡があったので引き取りに行った。
199ページの単行本で4章からなり、「すくすくと老いていく」、「老いの流儀」、「下り坂の極意」、「人生最後の愉しみ」で構成されている。この中で私は最初の「すくすく老いていく」が、とても参考になった。この章で彼は父親の老後・介護・臨終・葬儀までの話を書いている。
『老人が死ぬときは、それまでの一生の総集編を見る。だから臨終のとき、横にいる人が励ましたり、「死なないで」などと大声を出してはいけない』。
彼はこの本を書いて昨年の12月に旅立って行ったが、人生の総集編を見ただろうか?

【Google map撮影車か?】
晴海のバス停で都バスを待っていたら、少し先の信号で変な車が停まった。
車体の上に乗せられた櫓のようなものに、カメラが付いている。
車体には何も書いていないので、どこの会社か分からない。
でも道路を走りながら、道路状況を撮影していることだけは確かだ。
「Google Map」のアップデートかもしれない。
私はいつも思っているが、これはプライバシーの侵害にならないのか?

【葬儀社から小冊子】
以前に東京ビッグサイトで開催された「エンディング・ショー」の見学を申し込み、見に行ったことがある。主催者は「東京博善」という日本一の葬儀会社であるが、私の個人情報を登録したので、その後、色々とメールで案内が来る。
今回は遂に小冊子「ひとたび」が送られて来た。私を葬儀関係者と思っているらしい。
内容は「葬儀社の新たな可能性を拓く」、「供養×サステナビリティ」、「世界の葬祭文化」、「空き家・墓じまい問題に葬儀社はどう向き合うべきか」、「弔いのその先へ」などの記事が載っていた。全く知らない業界の内幕を知り、それなりに面白かった。

(おまけの話)【株式投資】
株式投資をしない人、興味のない人もいると思うが、今回は株式投資の話である。
私の姉と妹は縁があって、証券マンと結婚した。その影響で私は23歳から株式投資をしていて今年で61年になるが、最初の頃はなにがなんだかよく分からなかった。
でも私達は資本主義社会に生きているのだから、経済からは離れられないと思った。
株式投資をすると新聞の経済欄をよく読むし、取引先の経営状態も気にするようになる。
しかし仕事が忙しい上に、その頃はインターネットも無い時代なので、株の売買は証券会社に電話するしかなかった。
だから忙しい本業を疎かには出来ないので、買ったままにしておくことが多かった。

年齢が上がり時間も出来て来た頃に、インターネットが普及して来た。
でも会社にいて株取引をするわけにはいかないので、家に帰ってからになる。
1989年12月29日に日経平均株価は、3万8915円という史上最高値を付けた。
だが翌年からバブルが崩壊し始めて、2009年3月10日には日経平均株価は、なんと7054円になってしまった。ある程度の大きな金額での取引をしている頃だったので、バブルが崩壊して持ち株が泣きたいほど下落してしまった。
でも給料があるので生活には影響しなかったので、放置しておいた。

その後、経済も回復して来て、2024年2月22日に35年も要してやっとバブル期の最高値を超えたのである。少し前から株価は順調に回復し、今年の大発会で日経平均株価はまた最高値を更新し、5万2518円で終った。
これでしばらくは上がらないと思っていたら、1月10日の日経先物で、株価がまた最高値を更新していた。インフレで現金の値打ちが下がるばかりだが、少しだが私は株を持っていて埋め合わせが出来ている。
そこで連休明けの13日の午後から、兜町の「KABUTO ONE」に様子を見に行った。
現地ではいつもより大勢のサラリーマンが、画面を見上げていた。
1月13日の終値は「5万3549円」で、また史上最高値を付けた。
果たして、この先はどうなるか?

61年間も株式投資をして来ても、大して儲けたことは無い。
株取引の格言に「もうはまだなり」、「まだはもうなり」というのがあるが、私の人生で最大の失敗がこの格言にある。現役の時にXという株を1万株、持っていた。それがバブル崩壊で半値になってしまった。
我慢して持ち続けている間に、私は仕事から引退してしまった。しばらくして株価が買値に戻り、「やれやれ」と思い売却した。
するとその後、1年間で株価は5倍になったのである。
1万株だから悔しかったが、「もう」と思ったのが「まだ」だったのである。
10倍になる株のことを「テンバガー」と言うのだが、私の持っているある会社の株はその可能性を秘めている。いまはまだ2倍だが、死ぬまでに10倍になるか?
でも引退してからは零細投資家なので、10倍でも大したことはない。
\ この記事をシェアする /
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。
- アクセス総数
- 1,548,398回

明日は友人の通夜に参列する。最近の葬儀は「家族葬」が多く友人でも葬儀に参列する事が少なくなった。今回の葬儀も当初は「家族葬」と言われたので参列する事に躊躇していた。それでも最近まで月に一回の「都心を徘徊する会」で親しく楽しんでいた仲間であった。やはり最期のお見送りは是非させてもらいたいとの申し出に遺族の方からも快く承諾してもらえた。明日は会の仲間7人もお別れに伺う。彼はきっと喜んでくれるだろう!
”H子さんは、元上司と一緒に辞めなかったので、いまの地位を得た”、 というように、私は勤め先を変えて人と出会ってその縁によって仕事が発展していく、という例がありました。 いろいろな要素が相互関係して予期せぬ展開となる、のがまさに人生の不思議です。