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小さな話(89)

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【ゲルニカ】
東京駅丸の内側にある「オアゾ」という名のビルの1階に、陶板製のピカソの「ゲルニカ」があった。久し振りにビルに入ったらゲルニカが無くなっていて、変な絵が飾ってあった。
契約の関係か、ゲルニカは2024年に外されたようだ。
代わりに登場したのが「Deep peeling」という作品で、作者はフランス人のジャン・ヴァンサン・シモネである。

解説では「作品は先入観や意図にとらわれず、移り変わる雰囲気に没入しながら撮影を行います。望遠レンズやスマートフォンなど多様な手法で撮影し、未加工の写真から手作業でリタッチ加工を施したもの」とあるが、なんだかよく分からない。
ゲルニカの方が良かったなー。

  作品名「Deep peeling」

【台湾の古さん】
昨年の12月に台湾の古さんからスマホに、以下のようなショートメールが届いた。
「Last week we went Nara and Kyoto, it’s been a good trip. Next year May will be visiting sister club of Hachiozi, Hopefully we could meet at Tokyo」

古さんとは長い付き合いで、40年くらい前に台湾から来日し私の会社の寮に入って、写真大学に通っていた。その後、香港が中国に返還された時にカナダのトロントに家を買い、グリーンカードを取得した。私は女房と訪問して1週間を過ごした。10年くらい前には彼に案内してもらい、2泊3日で台南の日本の史跡を訪ねる旅にも行った。

日本語は片言だが、英語も交えて十分に話は通じる。
彼はカメラマンで台中にスタジオを持っていて、現在は国立台中科大助教授もしているようだ。知らぬ間に髭を生やした彼に会うのが楽しみだ。

 台湾のカメラマン「古さん」(facebookから)

【これはなに?】
銀座通りにある「ユニクロ」は12階建て、売り場面積は1500坪で、世界最大の店舗だそうだ。常に店内は多くのお客で賑わっていて、外国人観光客も多い。
いつも気になっているのだが、1階の入口の左右にパネルで禁止事項の絵が描かれている。

この絵を見て、私には「なにが禁止」なのか分からない。私だけが分からないのか?
そこで暇人の私はユニクロに、写真を添付して質問メールを送信したらすぐに次のような回答が来た。

『ヒトグラムは「座らない、立ち止まらない」という意味で、店舗入口で待ち合わせする方が多く、歩道を塞ぐお客様が多く警察の指導の下該当のパネルを設置しました』と知らせて来たが、あのヒトグラムを分かる人がどのくらいいるか疑問だ。

 意味の分からない「ヒトグラム」

【カニを喰う】(1月3日)
毎年のことだが、1月3日には銀座8丁目先の「かに道楽」でカニ料理を食べるのが恒例になっている。なん年か前は途中の月でも行っていたが、この数年は1月3日だけの1年に1回だけになった。

なにしろ値上がりが激しく、年金生活者にはカニは贅沢過ぎるように感じたからだ。
1月3日の食事の後にいつも、翌年の1月3日午後6時の予約をして帰るのである。
今年も同じく1月3日の午後6時に店に入った。1年前の予約が確保してあるか、少し心配だった。

「かに道楽」(銀座8丁目の高速道路下)

個室風の席に案内される時に、周りの席を見回した。
昨年は空席が目立ったが、今年はほぼ満席である。
世の中の景気が回復しているのを、「かに道楽」で確認できた。

メニューにあるセットを注文する方が安く上がるが、1品ずつの量が少ないし、好きでもない料理も付いて来る。だからいつも個別の料理で、気に入っているものを3人前ずつ注文する。

「かに唐揚げ」、「かにすき」、「かににぎり」、今年は店のお勧めの「背子甲羅盛」も2人前追加した。どれもみな美味しかったが、値段は昨年より30%くらい上がっていて、1年に1回の大散財となってしまった。

 注文した「かに料理」(かに道楽)

腹いっぱいになり、レジで支払いの時に来年の1月3日の予約をした。
来年も元気でいられたら「かに」を食べられると思い、それが生きる目標になっているのかもしれない。帰りは銀座通りをブラブラと歩き、銀座4丁目から都バスに乗ることにした。

夜はほとんど外出をしなくなったので、久し振りの銀座の夜景が美しかった。
正月休みのせいか、歩いているのはほとんどが外国人観光客だった。
中国人の団体客がいないので、最近の銀座は静かだし落ち着いた感じに戻っている。

(おまけの話)
正月もだいぶ過ぎたので、暗い話も許してもらえるだろう。暗い話なので、写真だけは明るくした。昨年は多くの中高時代の同級生が鬼籍に入ってしまった。
代表格は作家の「嵐山光三郎」である。彼の遺作とも言える「爺の流儀」は図書館に予約をしてあるが、まだ入荷の連絡が無い。

この本が私の手に入ったら、本を読みながら思い出に耽ろうと考えている。彼は家族葬だったようだ。その他にはSさんで彼は東大から大学教授になったが、引退後に認知症になり夏に亡くなった。勉強が出来ても認知症になるとなると、勉強が出来なかった私の方が良いのかもしれない。

大江戸線の「子育て応援スペース」の可愛いイラスト

驚くのはXさんで、『1月に沖縄から上京する』と言っていたのに、12月末に急に亡くなって」しまった。よくブログにコメントを書いてくれるYさんへのメール連絡では、『悪性リンパ腫が急激に悪化し入院しているが、治療に4週間の予定』とあったのに、退院は叶わなかった。

その1ヵ月前には、彼の奥さんが2階から落ちるという事故で亡くなったばかりだ。
更にもう少し前には1人娘も病気で亡くしていて、家族全滅という悲劇である。聞くも辛い話である。

他にも同級生の幹事から訃報の知らせを受けていたが、あまり親しくなかったので忘れた。そもそも幹事自身も、奥さんに先立たれているのである。

過去に死ななかった人はいないと言うものの、親しかった人の訃報は辛い。
「次は私の番か?」と思ってしまう。今までに何回、葬儀に出ただろうか?
最近は同級生が高齢ということもあり、「葬儀は家族で済ませた」という連絡が多い。
私の姉と妹も亭主を亡くしているが、どちらも葬儀は家族で済ませ、私達夫婦は後日、偲ぶ会に出席した。

私の場合も葬儀は家族で済ませて、友人達には後日、知らせるので良いと考えている。
日本ではこれからの何年かは亡くなる人が増えるが、葬儀をしないで直葬も増えるから葬儀社は経営が大変である。

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伊達季節移住のススメ

心の伊達市民 第一号

北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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コメント(1件)

  • 午年のお正月が明けたと思ったら同級生の訃報が多く飛び込んできた。伊達市民一号さんとは同期であるから話は重なるが驚きと悲しみも同じ様に重なる。 重ねた年齢の為せる故に諦めなければならないが、何時か必ず我が身となるのだからその時の心づもりを整えて待ちたい。

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